頭を下げる松井

「……とまあ、こんなもんだな」と、松井に忘年会での失態を聞かされているあいだ、真也は生きた心地がしなかった。別人だと、愚にもつかない言い訳を思い浮かべたが、小学生でも使わないだろう言い訳が思いつくあたり、完全に詰んでいることの証拠のように思えた。

「本当に、申し訳ございません……」

もはやぐうの音も出ない。どんな理由があったとしても無礼は無礼。社会人であることを内面化している真也にできるのは、ひたすらに謝罪することだけだった。

だが松井の声は無情に響く。

「いいんだ。口の謝罪なんていらないよ。君にはしっかり、自分がしたこと、した発言の責任を取ってもらう」

「はい……」

かすれた声しか出なかった。必死の謝罪程度で取り返しがつくはずもない。終わったのだ。真也は今日どんな顔で家に帰ればいいのか分からなかった。

「来年度から、本格的にコンプライアンス室を設置したいと思っているんだ。君にはその室長補佐として、私のサポートをしてほしい」

「……は?」

気の抜けた低い声が出た。腰を折ったまま顔だけを松井に向けた。

「山下くんのことは、私も反省しているんだ。働きやすい会社だなんだと言って、当時の私は目先の数字を追うばっかりで、何もやろうとしていなかった。もちろん君が私や会社を恨んでいたことも、まったく気づいていなかった。すまない」

松井は頭を下げた。真也はこれっぽっちも状況がのみ込めず、顔だけ前を向けた不格好なお辞儀姿勢のまま、あんぐりと口を開ける。

「今度は酒の勢いではなく、仕事として、この会社を変えるために力を貸してほしい」

改めて真也を真っすぐに見据えた松井にそう言われ、ようやく首の皮1枚つながった実感が湧いてくる。いや、ただの平でしかない自分がコンプライアンス室の室長補佐になるのだから、これは出世とすら言えるのではないだろうか。

なんにせよ、酒はしばらく見たくもないが、けがの功名とはこのことを言うのだろう。

「誠心誠意、がんばります」

真也は返答が合っているのかどうかも分からないまま、差し出された松井の手をおそるおそる握り返した。

複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。