<前編のあらすじ>
美果(35歳)は腰を悪くした父親の大掃除を手伝うために、年末に実家へ帰省した。母が3年前に病気で亡くなってからすっかり元気がなくなってしまい、ろくに片付けをしていなかった実家にはほこりや不用品がたまっていた。
母が死んで以来、父は美果を遠ざけるようなよそよそしい態度を取るようになっていたが、懐かしいアルバムが見つかって昔話に花が咲いたり、久しぶりに父と楽しい時間を過ごすことができた。
しかし、押し入れの奥にあった古い缶を明けると、父の母親から届いた古い手紙が見つかり、中を読んでみると、父とは血がつながっていかなったことが明らかになる。
●前編:「血のつながった子供でなければなおさらです」実家の大掃除で明らかになった「家族の触れてはいけない過去」
衝撃の事実
美果が問い詰めると、昭道は視線をそらした。
「何かの間違いだろう」
「そんなわけないでしょ。何言ってんの」
美果は立ち上がり、昭道に手紙を突きつける。
「別にいまさらどうってこともないけどさ、隠されてたのはちょっと傷つくよ。訳くらい教えてくれたっていいじゃん」
昭道はしばらく黙っていたが、やがて観念したように深く息を吐くと言った。
「分かった。全部話す。缶を持って下に降りてきてくれ」
美果は昭道の言葉に従った。早く話を聞きたい気持ちと同時に、聞くのが怖い気持ちもあった。きっとどんな真実だったとしても、聞いてうれしいような話ではないだろう。そう思ったら余計に怖くなって、美果は心を武装するように2人分のお茶を入れた。
網戸になっていた窓を閉め、向かい合う机に湯気の立つお茶を並べる。冷たかった空気の温度が少し上がったような気がするが、からだの芯は相変わらず冷え切っている。
「母さんとは、お互い再婚だったんだ」
美果が座布団の上に腰を下ろすと、昭道はゆっくり息を吐くように少しかすれた声で言った。
「母さんの働いてた定食屋の常連だったって言うのは?」
「それは本当だ。出会ったとき、俺はすでに離婚していたが、母さんには生まれて間もないお前がいて、まだ前の旦那がいた」
奪ったのだろうか、と思ったが言わなかった。ちゃかすようなつもりはなかったし、真面目を絵に描いたような性格の昭道に限ってそんなことはしないだろうとも思った。
「赤いエプロンがよく似合っていて、穏やかではつらつとしていてすてきな人だと思った。思ったから、たぶん気づけば目で追っていたんだろうな」
昭道はあるとき、母の元気がないことに気づいた。水を運んできてくれたときにそれとなく聞いてはみたが、歯切れの悪い返事が戻ってくるばかりだった。翌日、母の顔や腕にはあざがあった。どうしたのかと聞いても、母は「転んだ」と下手くそなうそを吐くだけだった。しかし昭道もそれ以上踏み込めず、放っておくしかなかった。
母の顔のあざが引き、しばらくたったころ、1台の大型トラックが店の前の細い路地に止まった。下りてきたのは浅黒い肌をしたがたいのいい男で、母の当時の夫だった。男は母に金を無心した。渡せるものがないというと、机をたたいて声を荒らげた。年老いた店主が厨房(ちゅうぼう)から出てきてひとまず帰るようになだめたが、男は店主を突き飛ばした。気がつけば、昭道は男と母のあいだに割って入っていた。
「なんだてめえ」とすごまれて、生きた心地がしなかったと父は薄く笑った。美果は黙ったまま、話の続きを聞いていた。
「客です。ここは食事をする場所です。座って注文する気がないなら帰ってください」
毅然(きぜん)と、だが内心で震えあがりながら父は言った。男は激高し、昭道をしたたかに殴った。父は倒れ込んだ拍子にテーブルに激突し、水の入ったコップが悲鳴のような音を立てて床に落ちて割れた。立ち上がろうとしてついた手をガラスの破片で切ったらしく、血が流れた。痛みはなかったが、切ったところが悪かったのか思いのほかしっかりと流れた血に驚いたのか、あるいは自分の形勢が不利になったと思ったのか、男は罵声を浴びせるだけ浴びせて店を出て行った。店内では他の客から昭道へ拍手が沸き起こったが、昭道はただ殴られただけの自分を情けなく思った。
「母さんは俺の手当をしながら話してくれたよ。長距離トラックの運転手をしている旦那がギャンブル癖がひどくあちこちで借金を作っていること。普段は愛人のところで遊んでいるくせに、金をすって首が回らなくなると自分のところに戻ってきて、金を無心していくこと。きっと殴られた俺をかわいそうに思ったんだろうな。だから事情を教えてくれた」
「それが私の……」
思わず出掛けた言葉をのみ込んだのは、そんな男を父と呼びたくなかったのが半分、父の前で別の人間を父と呼ぶのが間違っているような気がしたのがもう半分。美果は変わりに吐きかけた言葉をもう一度腹の奥底に落とすように深く息を吸う。