窓を開ければ年の瀬の冷たい空気が肌を刺す。美果は大きく伸びをした。

「本当にすまんな」

美果の背後ではこたつに入った昭道がすっかり薄くなってしまった白髪だらけの頭を美果に向けていた。

「何言ってんの。家族でしょ。大掃除くらいなんてことないって」

「そうか。すまない」

だから、と口を開きかけて、美果は言葉をのみ込んだ。

母が病気で亡くなってから3年。父は昔の頑健ではつらつとした姿など見る影もなく、すっかり憔悴(しょうすい)して痩せてしまった。母が大事にしていた庭仕事をしようとして腰をやってしまったのもあるのだろう。めっきり動かなくなってしまった父は外出もろくにしていないのか、日用品を買ったらしい通販サイトの空き箱が、つぶされもせずに玄関先に積んである。

だが美果が何より気になるのは昭道の態度だ。母がいなくなってから、父はよそよそしく偏屈な態度をとるようになり、すっかり冷たくなってしまった。今日だって散々来なくていいと言われていたし、何ならつい15分前まで、到着した美果と玄関で「大掃除なんていい。帰りなさい」と押し問答をくり広げすらしていた。

「取りあえず、まずは書斎ね。どうせもう読まない本ばっかなんだから、これを機にさっぱりするからね」

美果は腕まくりをして、絞った雑巾とバケツを持って2階に上がる。腰が悪い父はもともと2階にあった寝室も1階の和室に移しており、ほとんど使っていない2階は1階以上にほこりっぽい。

片っ端から窓を開けると、滞留していた空気が循環を始め、部屋のなかが心地よく冷えていく。

使っていない書斎は片付いてこそいるものの、本棚や床にはほこりがうずたかく積もっていた。指でなぞればほこりに覆われて隠れていた茶色い木目が顔を出した。美果は眉をひそめながら拭き掃除を始めた。

長らく開かれていない本は手に取るとほこりが舞い、何の本かと開いてみれば固まったのりがパキパキと音を立てた。一冊一冊のほこりを丁寧に拭き取り、1階から上げてきた段ボールにしまい込む。途中、昭道が様子を見に2階へと上がってくる。

「取っておいてほしい本とかある?」

「いいや。すっかり老眼でどれももう読めないから、持っていても仕方がない」

「そっか。じゃあ全部詰めてっちゃうね」

美果は段ボールに本を詰めていく。年明けにでも夫と息子を使ってリサイクルショップへ運べばいいだろう。想像よりもずっと重くなった段ボールは、読書が趣味だった父がまだ元気だったころの確かな痕跡を思わせた。