父の愛情

振り抜いていた拳が佑次の頰をしたたかに打ち、バランスを崩した佑次はその場にしりもちを突いて倒れ込んだ。

「痛ぇな。なにすんだよ」

「お前、ふざけんなよ。新しい家族ができて、なんでその家族をないがしろにするようなことするんだよ」

震えを抑えつけた声は低く、獣がうなっているようだった。握りしめた拳は熱を持っていて痛かった。

「別にないがしろにしてるわけじゃねえよ。俺にだって、考えてることがあんだよ」

「考えって何だよ。あいつみたいに家を空ける父親になることに、どんな考えがあるんだよ」

「知りたいんだよ!」

佑次が声を荒らげた。2人きりの部屋に鋭い声が悲しく響いた。

「あいつは仕事だって理由つけて、俺たちを、母さんをほったらかしにした。だから俺は父親ってもんの愛情を知らねえ。そのせいか、拓也が生まれて、父親として、どうするのが正解なのか分かんなくなった。別にあいつと同じことをしてみる必要なんてないのかもしれないけど、俺は自分がちゃんと愛されてたのか知りたくなったんだ。……あいつの気持ちを知らなきゃ、俺だって前に進めねえんだよ」

幹也はその場に座り込んだ。佑次と目線の高さが合った。お互いに顔をそむけた。

「なんだよ。お前だって、前に進めてないじゃねえかよ」

「うっせえな。いろいろあるだろ、お互いに」

それ以上は、どちらも口を開かなかった。離れていても、考えが食い違っても、いや、だからこそ家族なのかもしれないと思った。

やがて幹也は立ち上がった。「そろそろ帰るわ」と口にした幹也に、佑次は短く「おう」とだけ答えた。

兄弟の約束

幹也はスマホを充電コードにつなぎ、部屋の電気を消した。ベッドに入り、ついさっきまで電話で話していた佑次のことを思い出す。

明日、佑次は漁に出る。初めてなので遠洋に出るようなことはないが、それでも緊張していることはやや興奮気味な口調からも十分に伝わってきた。

もちろん見送りにはいくつもりはない。幹也にも仕事がある。たとえ冷たいと誰かに後ろ指を指されても、それが幹也たち家族の“いつも通り”だ。

その代わり、帰ってきたら必ず飲みに行こうと、約束をした。

複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。