詩織は上司から渡された茶色の封筒を見て、3週間前、健康診断を受けたことを思い出した。

詩織が務めるテイオーマートは県内で20店舗のスーパーマーケットを経営していて、詩織はその本社で事務員として働いていた。テイオーマートでは、年に1度、社員全員の健康診断を行っている。

「中を確認して、もし再検査が必要と書かれてあったら、すぐに病院に行って受けるように」

上司の指示を聞き流して、検査結果を確認した詩織は思わず、目を疑った。

“6カ月後に再検査” “肥満症の疑いあり”

検査結果の用紙にはかすれた文字でそう書かれていた。

引っ掛かっていたのはBMI数値と中性脂肪。正直、最近、体重が増えているのは自覚していた。会社支給の制服が多少きつくなったような感じもしていた。

詩織は何も見なかったことにして、検査結果を折りたたみ、封筒の中へ押し込んだ。

とはいえ、生まれて初めて引っ掛かった健康診断の結果を頭から完全に締め出すことは難しく、家に帰った詩織はリビングでくつろぎながら、スマホで中性脂肪が増えた原因を検索した。そこには「果糖含有食を取りすぎること」などと書かれてあった。

初めて聞く単語だったので、今度は“果糖含有食”を調べると、“清涼飲料水”と出てくる。詩織はテーブルに置かれたコーラを見た。成分表を確認すると、そこには果糖ブドウ糖液糖と記されていた。

「なるほど、お前が犯人か……」

愛憎を込めてつぶやきながら、ペットボトルをにらみ付ける。

詩織はとにかくコーラが好きだった。映画鑑賞が趣味で、映画館に行くと必ずポップコーンとコーラを注文する。さらに最近はサブスクで映画を好きなだけ見られるようになったため、シンク下の戸棚にはネットで買ったコーラの段ボールが常備してある。

家に帰ってきて、手洗いうがいの次にコーラを飲む。映画を見ながらコーラを飲む。飲み会に行ってもコーラを飲む。朝起きたら歯を磨くことと同じくらい当然の、詩織の生活のルーティンだった。

詩織は厳しい視線をペットボトルに向けた。Tシャツの上からでもすっかり膨らんでたるんでしまったことがよく分かる自分の腹を見た。好き勝手な食生活を送ってきた結果が、このありさまだ。

だが好きなものを絶つような食事制限は現実的ではない。ダイエットにはストレスがよくない、我慢はよくないと、どこかの誰かが言っていたような気がする。

ほかに方法はないだろうか。

先ほどのサイトを読み進めてみると、中性脂肪増加の原因は運動不足やストレスだとも書かれている。間違いない。これが真の原因だ。詩織はそう思い込むことにした。

「うん、取りあえず、休みの日にウオーキングとかやったら、良くなるかも」

詩織は決心した。だが決心をしただけで、それが行動に移されることはなかった。