巨大なエントランスは星付きのホテルか、一流企業のオフィスビルのようだった。磨かれた大理石の床。取りあえず高そうな花瓶に豪勢な花。精悍(せいかん)で屈強そうな、礼儀正しい警備員の姿――。
自分たちの暮らしとはあまりにも別世界過ぎると、望海は思った。
「大丈夫?」
隣りを歩く大樹が、顔をのぞき込んでくる。
「大丈夫。ちゃんと練習してきたし」
望海は自分に言い聞かせるようにそう答え、自分を落ち着かせる。
「望海がそんなに緊張することじゃないよ。あくまでも形式的なものだし」
「……そうだけど、やっぱり緊張するよ」
望海と大樹は2年間の交際を経て、結婚をすることになった。今日はそのあいさつのために、大樹の両親が住むタワマンへあいさつに来ていた。
「ほら、大丈夫だから」
大樹が望海の背中に手を添える。少し硬く、温かい手のひらに不思議と望海は大丈夫なような気がしてくる。
間もなく、エレベーターが1階に到着する。今日のために用意した手土産をしっかりと握りしめて、望海たちはタワマンの最上階に向かった。