一晩で両親を同時に失った
父が再び漁に出て間もなく、母が危篤状態になった。管につながれた母の命がまだ辛うじてこの世につなぎ留められていることを、モニターに映る緑色の線と数字だけが教えてくれた。
「どうだった?」
病院のロビーで待っていた佑次に問われて、幹也は首を横に振る。
医者からは今晩が峠だと言われていた。幹也は父に連絡をしたが、つながらなかった。
「もういいよ。あんなやつ。いつも通りに振る舞うなら、あいつがいないのが普通だろ」
佑次は吐き捨て、ロビーのソファに浅く座り直して背もたれに寄りかかる。
「そうだな。そうだけどさ」
幹也はうなずいたが、後に言葉は続かなかった。
幹也にとって家族は父と母と佑次の3人だけで、それ以外の家族はよく分からない。だが家族というはこういうものだったのだろうか。これがいつも通りなら、ひょっとするととっくの昔に、あるいは最初から、幹也たち家族は壊れていたのかもしれないと思った。
母の容体はその夜に急変し、日付が変わるのを待たずにこの世を去った。
漁船が大しけに遭って転覆し、父を含む乗組員が行方不明になったという知らせが届いたのは、最悪な夜が明けてすぐのことだった。
幹也たちはたった一晩で両親を同時に失った。幹也たちの“いつも通り”はあっけなく失われ、2度と取り戻せないものになった。
父と母の両親はどちらも他界していたから、頼れるあてはなかった。親戚の家に引き取られるという話もあったが、かわいそうだと思われるのがしゃくだったから断った。誰にも頼らず、2人で生きていくことを決断できたのは、しっかり倹約家だった母の存在も大きかった。幹也が高校を卒業して就職するまでの1年と少しのあいだ、生活に困るようなことはなかった。
幹也たちは決めた。母と自分たち兄弟を置き去りにしたあの男を許すことなく生きていこうと。