義母との約束

輸入食品の危険性について書かれた後は、春江の自省の文が続いた。もっと上手に伝えてあげられない自分へのいら立ちと、分かってくれない実名子へのもどかしさがつらつらと書かれてある。もう少し春江が冷静に話をしてくれてたら、もう少し自分が耳を傾けていたら、違う関係性があったかもしれない。

甘やかされて育った実名子は怒られることに慣れていなかった。怒られると自分の心を守るために大きな壁を作った。だからこそ春江とも長いあいだ同居をすることができたのだと思う。しかし、耳まで閉ざす必要はなかったかもしれない。

〈利喜にも実名子さんにも長生きをしてほしい〉

ひときわ大きな文字で春江の思いが書かれ、その日の日記は終わっている。目から涙がこぼれそうになる。日記を汚してはいけないと思い、実名子は慌てて天井を見上げ、親指で涙を拭いた。きっともっと仲良くなれた。そのことを思い知り、後悔の感情が涙腺を刺激したのだ。

実名子はそれからも気持ちを落ち着けて、日記を読み進めた。まるで春江と対話しているような気持ちになり、手を止めることができなかった。日記は2022年の5月15日で止まっている。ガンが肝臓に転移していたことが分かったのはこの時期だった。春江の気持ちをおもんぱかって、実名子は唇をきつく結んだ。ガンについては書かれていない。ただ心残りなことが書いてあった。

〈実名子さんとの約束、結局できずじまいになっちゃうわね〉

実名子は記憶の中にある春江との会話を思い返す。だが約束をしたことを思い出せなかった。実名子は部屋を見渡した。この中に日記はまだたくさんあるだろう。読み進めていけば、約束の内容が分かるかもしれない。

しかしそれよりも先に、実名子にはやるべきことがあった。

日記を大事に引き出しに戻し、実名子は急いで車に乗り込み、春江が眠っているお墓に向かい、墓前に手を合わせた。

「ごめんなさい。お義母(かあ)さん。私、お義母(かあ)さんの気持ち、全然分かってませんでした」

しかしいくら言葉を尽くして謝っても、理解しようと歩み寄っても、春江が死んでしまったあとでは遅かった。

だからせめて――。実名子は胸に誓う。

春江との約束が何だったのか明らかにしよう。それくらいしか、実名子にできることは残っていなかった。

●実名子がすっかり忘れていた、義母との約束の内容は……? 後編「どうして忘れていたんだろう」険悪だった亡き義母との“かなわなかった約束”】にて、詳細をお届けします。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。