美里は、ビアガーデンの騒がしさの中にいた。
毎年、6月から9月にかけてデパートの屋上テラスで開催されているビアガーデンはSNSでも紹介されることの多い有名スポットなだけあって、会社帰りのサラリーマンや大学生グループでにぎわっている。チラホラ家族連れの姿も見えるが、当然ながら全体としてその数は少ない。
美里は、2歳のまな娘・穂香を抱きかかえながら、その熱気に圧倒されるような、懐かしいような何とも言えない気持ちになっていた。
美里と穂香をこのビアガーデンに連れてきたのは、他でもない夫の淳也だった。たまたま仕事が休みだった淳也から、つい数時間前に「今日は外食にしようよ」と突然提案されたのだ。すでに夕食の献立を考えていた美里は、夫の自由気ままな発言にイラついたが、久しぶりの外食で穂香も喜ぶかもしれないと思い直し、淳也の提案に同意したのだった。
しかし、美里たちが連れてこられたのは、酔っぱらいでごった返したビアガーデン。ふたを開けてみれば、淳也は自分が酒を飲みたいだけだった。
2歳になった穂香は、離乳食を卒業し、だいぶ食べられる食材が増えてきたが、当然大人と同じというわけにはいかない。胃腸に負担がかかる生ものや味の濃いものはNGだ。美里は、ビアガーデンをぐるりと見渡して、ひそかに他のテーブルに置かれた料理をチェックしていた。穂香が食べられそうな物があるだろうか。最悪、持ってきたおやつで気を紛らわせるしかないかな。母親目線で娘の食事を考えていた美里に対して、淳也は酒のことしか頭にないようだった。
「うわぁ、テンション上がってきたわぁ。今日は飲むぞぉ」
美里は能天気な夫に冷ややかな視線を送ったが、当の本人は全く気付いていない。次々と自分の好物を注文する淳也からメニューを奪い、おにぎりや冷やしトマトなど、穂香が食べられそうなものを選んでいった。