結婚してください、と恋人の憲也が差し出した指輪に、茉莉は言葉を失っていた。今日は、憲也と付き合いだして、半年の記念日。同棲している2LDKのリビングでささやかなパーティーをするはずだった。
「本気なの?」
「冗談で、カルティエのリングなんて買わないよ?」
憲也は真剣な表情で言った。
彼と知り合ったのはマッチングアプリ。顔が好みだったからメッセージを送り、デートをした。お互いが暇をしているときに飲みに行こうなんて気軽に声を掛け合っているうちに、なんとなく一緒にいる時間が増え、気がつくと憲也が転がり込んでくるかたちで一緒に暮らすようになっていた。
半年たってのプロポーズ。それが早いか遅いかは分からないが、茉莉はとにかく困惑していた。
「いいの? 私なんてこんなオバさんだよ……?」
茉莉は39歳。来年には40歳になる。一方の憲也は27歳。一回りも下だ。
付き合うことにあまり抵抗はなかった。そもそも意気投合していたので、年齢差を感じることだって普段からほとんどない。しかし結婚となれば話は別だった。老いるのはどう考えても茉莉のほうが早いし、出産適齢期を考えれば茉莉は年を取りすぎている。
茉莉の戸惑いを見ても憲也は一切ブレた様子を見せず、いつものように眉根を下げる。
「関係ないよ。俺は茉莉のことが好きなんだ。年齢なんて単なる記号だよ。ずっと一緒にいたいんだ」
その気持ちはもちろんうれしい。しかし感情論だけでは収まらないのが結婚だ。
「でもさ、もう私は40だし、もしかしたら、子供も産めないかもしれないよ……?」
「もちろん、子供が欲しくないわけじゃないよ。でもさ、茉莉と2人でのんびり楽しく暮らすっていうのも悪くないかな、って思うんだ。茉莉は違う?」
「ううん、わ、私だってそうだけど。でも、私が先におばあちゃんになるし、もしかしたら、憲也が介護をしなくちゃいけなくなるかもしれないし……」
「そんなのはタラレバだよ。年を取ったら俺のほうが先に身体を悪くするかもしれない。……どうかな? やっぱり俺と結婚するのは不安?」
茉莉は首を横に振った。
「そんなわけ、ないでしょ」
「じゃあ俺と結婚してください」
茉莉がうなずくと、憲也は手を取って左手の薬指に指輪をはめてくれた。シンプルなシルバーに品の良いダイヤが煌(きら)めく指輪は、これまで結婚なんて考えてもみなかった茉莉にとっても、幸せの結晶のように思えた。