最悪の初対面
高速を使って1時間走ったところに憲也の義実家がある。こぢんまりとした一軒家で、それなりに年季の入った見た目をしているが、昭和の風情が感じられるたたずまいで、レトロブームに騒いでいた店の若い子たちが見たら喜びそうだ。
関係のないことを考えながら気を紛らわせている茉莉をよそに、憲也がインターホンを押す。やがてゆっくりとドアが開き、中から憲也の母・」美也子が顔を出した。
「久しぶり、母さん」
茉莉はすぐに頭を下げた。
「は、初めまして、霧崎茉莉といいます」
「……初めまして」
言葉少なに美也子は2人を家のなかへと招く。
憲也が先に上がってと手で示したので、茉莉はパンプスを脱ぎかける。
「随分と派手な格好だね」
ぼそりと呟(つぶや)かれた美也子の言葉にははっきりとした棘があった。それでも茉莉は表情を崩さずに堪える。
「すいません。一応、洋服は選んだつもりだったんですけど」
「母さん、言っただろ。茉莉はセレクトショップの店長なんだって。こういうのが今のおしゃれなんだよ」
憲也もすかさずフォローを入れてくれたが、美也子の厳しい表情が揺らぐことはなかった。
玄関がやけに高く感じた。少し足を上げれば上がれるはずのそこには、見えない壁が厳然と存在しているようだった。
「別に普段はどんな格好してようと勝手だとは思うけどね。婚約者の親にあいさつするっていうのに、身なり1つ整えられないんじゃ心配よね。子供じゃないんだし。育ちを疑っちゃうわよ」
「母さん、いい加減に――」
「冗談よ。早く上がりなさい。手、ちゃんと洗ってきてね」
憲也のフォローを遮って美也子は一方的に言った。汚いものでも見るような冷たい目を茉莉からそらし、身体の向きを変え、奥の部屋へ向かっていった。
茉莉は小さくため息を吐く。先が思いやられる最悪の滑り出しに、茉莉の気持ちは早くも折れかけていた。
玄関の姿見には、このわずかな時間のあいだに引き裂かれ、やつれてしまった自分の姿が小さく映り込んでいた。
●どう考えても茉莉が気に入らない様子の憲也の母。打ち解けることはできるのだろうか……? 後編【 「元気な赤ちゃん産めるのかしら」アラフォー女性との結婚に反対する義母を懐柔した「まさかの方法」】にて、詳細をお届けします。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。