「あ、当たってる!」
麻里子が夕食を作っていると、リビングにいた夫の信之が大声を上げた。
「もう、どうしたのよ、そんな大きな声出して」
麻里子は煮え立つ鍋の火を止めて、リビングに向かった。リビングにいる信之は手に宝くじを握りしめていた。
24歳のときに結婚して、もうなんだかんだで30年がたつが、唯一夫婦で続けているのがこの宝くじの購入だった。最初に始めたのがいつだったか覚えていないが、惰性的に毎年、欠かさず購入を続けている。とはいえ、麻里子はとっくに当選を諦めていて、信之に任せていた。
「あら、おめでとう。いくら当たったの? 1万円?」
「バカ、違うよ! 1000万だよ!」
信之は目を見開き、唇を震わせながら叫んだ。
麻里子はやれやれと思って、信之に近づく。これまでも何度か、こうして当選したと騒ぐことがあった。しかし落ち着いてみてみれば、0と8を見間違えていたり、最後の二桁の数字が逆だったり、結局ぬか喜びだった。今回もそうだろうと思って、麻里子は半信半疑な視線で当選番号と信之の持つ宝くじの番号を照らし合わせた。
「……え?」
麻里子は何度も番号を見比べた。しかし何度確認しても番号は一致していた。
「……うそでしょ⁉ ほ、本当に当選してる! しかも1000万!」
信之はうれしそうに麻里子の手を握ってきた。
「な? 言ったろ⁉ ほらな、これ、やっぱり来ると思ったんだよ! 一粒万倍日にさ、並んで買ったんだ! やっぱり当たったよ! 俺は絶対に今日買うべきだと思って、わざわざ午後休を取って、当たるってうわさの売り場まで行って買ったんだよ!」
すぐに麻里子は娘の一美にも伝えないといけないと考えた。一美が驚き、喜ぶ顔を想像すると、それだけでワクワクする。
「ちょ、ちょっとさ、母さんに教えないと!」
信之はスマホを手に取った。
「あ、でも、あんまり人に教えない方がいいんじゃない……? 家族だけで共有するくらいでさ」
「大丈夫だって。母さん、そんな口軽い方じゃないから。あの人、俺たちがずっと宝くじ買ってるのばかにしてたんだよ。結果出したぞって言いたいだろ?」
実家に帰省したとき、夢ばっかり見てくだらないと冗談交じりに言われたのを麻里子も覚えていたから、信之の気持ちは少しだけ分かった。
「まあ、報告くらいならいいか。もうしょうがないわね」
麻里子は信之の気持ちを尊重した。というよりも実際は、麻里子も1000万を当てたと聞いて驚く義母の反応を楽しみにしていたのかもしれない。