当せん金の使い道
「なあ、そろそろ使い道をはっきりさせようぜ」
スマホが鳴りやむのを待って、信之が切り出す。このタイミングでそんな話を切り出すかと、麻里子は内心であきれ返る。
「だから、その話はもう済んだでしょ。この家のローン返済とか、あとはリフォームに使った方がいいって言ってるじゃない」
「それはないって。別にローンだってちゃんと返済できてるし、わざわざ今、返す必要ないだろ?」
「それは今は仕事があるからそう思うだけよ。このご時世、どうなるかなんて分からないんだから、先にローンを返しちゃったほうがいいじゃない。何回も言ってるでしょ」
信之は不満そうに眉間にしわを寄せる。
「せっかく、ポンと大金が入ったんだ。もっと別のことに使おうって。車を買い替えたりとか、海外旅行に行くとか。そういう、なかなかできないことにお金を使うのが1番いいって」
「それこそ、ローンを払い終わって、リフォームまでやっちゃったら、後は大きな出費がなくなるんだから、お金がいっぱいたまって、車だって買えるし、旅行だって行けるじゃない。まずはそういうことにお金を使うのが最優先でしょ」
信之は見下すように麻里子を見る。
「お前ってさどうしてそんなつまんない考え方しかできないわけ? 宝くじが当たったんだぜ。どうせならパーッと使うのが正しいと思わないか?」
信之が手を動かしてボディーランゲージを交えて訴えてくるが、どうしても一美の一言が気になった。
専業主婦として家計を預かるものとして無計画な浪費は容認できなかった。
「正しいわけないでしょ。バカなこと言わないでよ」
思わずきつくなってしまった口調に、信之が手に持っていた箸をテーブルにたたきつけるように置いた。
「バカってなんだよ? 俺は家族みんなで楽しめるようにって考えてるんだよ。それを、どうしてそういう言い方されなきゃいけないわけ?」
「だってバカはバカでしょ。遊ぶことばっかり。けっきょくあなたは自分が楽しむことしか考えてないのよ。生活のこととか、一美の将来のこととか、ちゃんと考えてよ」
自分が間違っているとは思えない。麻里子は生活や将来のことを、誰よりも正しく、真剣に考えている自覚があった。
「あーそうかよ、せっかくの当たった大金をそんなつまらないことに使わなくちゃなんないのかよ。そうやって何でも自分が正しいと思って、他人を頭ごなしに否定するんだな」
信之は言い捨てるやいなや席を立って、寝室へと引き上げていった。食卓には2人分の、致命的に冷えてしまった夕食が取り残されていた。
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※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。