義母の日記

葬儀が終わり、死亡届などの事務手続きが完了した後、実名子は自宅にある春江の遺品を整理し始めた。寝室は春江が好きだったお香の匂いが染みついていて、今もまだ春江がどこかにいるような気分になる。

実名子はまず春江がよく使っていた化粧台から取り掛かった。寝たきりになってからはほとんど使われなくなった化粧品の数々を透明なポリ袋に入れていく。台上がきれいになったところで、引き出しを開けた。するとそこには一冊のノートが置かれていた。

「お義母(かあ)さん、日記なんて書いてたんだ」

実名子は興味本位でページをめくり日記を読んだ。書いてあるのはその日起こったことと感じたことだった。利喜が珍しく肩をもんでくれてうれしかったこと。実名子の料理の味付けが濃いので不満なこと。大した内容ではないので流し読みしていたが、あるページではたと手が止まった。

〈もう実名子さんと仲良くすることは無理なのかなぁ〉

達筆な文字がこのときだけ、震えているように見えた。

「仲良くすること……?」

日付は2022年の3月25日だ。日記の内容から、この日、春江と実名子は口論をしていた。内容は実名子が買ってきた牛肉がアメリカ産だったこと。春江は昔から実名子が買ってくる食材にケチをつけていた。

日記を読みながら思い返すが、この手の口論が日常的なことだったこともあって、実名子の記憶にはない。春江があまりにも口うるさいので買い物は気をつけていたはずだったが、きっと特売だったとかそんな理由で、何も考えず安い牛肉を買ったのだろう。それが春江に見つかり、けんかになってしまったのだ。

日記の中で春江は牛肉の安全性について細かく書いている。実名子からすれば眉唾だったが、食品添加物や牛の飼育方法、発がん性まで事細かに調べたらしい内容が書きとめられていた。

ガンという文字から目をそらすように日記を閉じる。

結局、購入した牛肉をどうしたのかは記憶になかった。もしかしたら、買ったものは仕方ないと言って調理をして食卓に並べたかもしれない。だとしたら春江もその牛肉を食べただろう。

罪悪感で呼吸が浅くなった。それでも目をそらしてはいけないと思い、深呼吸をしてまた日記を開いた。