自分の道を見つけた息子

秋の朝の空気は、夏の名残をかすかに含みながらも澄んでいた。玄関先で靴ひもを結ぶ翔太の横顔は、どこか晴れやかで、以前よりもずっと柔らかい表情をしている。

「行ってきます」

扉を開けながら振り返ったその笑顔は、就活中には決して見られなかったものだった。

彼は就職活動を続けるかわりに、大学院への進学を選んだ。宏はもちろん、簡単には納得しなかった。

「院に進むのはいい。だが、それが現実からの逃げになっていないか?」

厳しい声でそう問いただした宏に、リビングの空気は一瞬張りつめ、翔太の肩はわずかに強張った。しかし翔太は逃げずに父の目を見返した。

「これは逃げじゃない。僕が自分で決めたんだ。院で学びたいって」

声は小さかったが、しっかりと響いた。宏はしばらく黙ったまま、まるでその言葉の重さを吟味するかのように目を閉じていた。やがて短く息をつき、低い声で言った。

「……自分で決めたことなら、最後まで責任を持て。それができるなら、何も言わん」

それは承認であり、同時に宏なりの激励だった。翔太はその一言に力強く頷き、灯里は胸の奥で静かに安堵した。

その日以来、翔太は以前のようにうつむいてばかりではなく、自然な笑顔を見せるようになった。図書館にこもって資料を読み込んだり、友人と議論をしたり。就活という焦燥から解き放たれ、ようやく自分らしく歩き出したのだと思えた。

夕方、窓の外に赤い夕焼けが広がるころ、家族で囲む食卓には秋刀魚の香ばしい匂いが漂った。

湯気の立つ味噌汁をよそいながら、灯里は久しぶりに和やかな空気を実感していた。宏が箸を置き、翔太に目を向けた。

「で、院試の準備はどうだ?」

相変わらず詰問に近い響きだが、翔太は畏縮することなく、少し照れくさそうに笑いながら答えた。

「順調だよ。まだ不安はあるけど、秋季には間に合わせるつもり」

宏は短く「そうか」とだけ返し、再び箸を取った。灯里は温かな湯気の向こうにいる2人を見つめ、そっと微笑んだ。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。