リビングの扉を開けると、冷房の効いた空気がめぐみの頬をなでた。壁掛け時計を見ると夜の9時前。
「ただいま」
肩にかけたバッグを下ろしながら声をかけると、ソファーの上から「おかえり〜」という気の抜けた返事が聞こえた。声の主は、首元までブランケットにくるまり、スマホを絶え間なくタップしながらテレビでYouTubeを見ている。
息子の蓮だ。現在小学4年生の9歳。食洗器に皿が突っ込まれているところをみると、一応食事は済ませたらしい。
「蓮、お風呂は?」
「んー、入ったー」
「また一日中ゲームしてたの? 宿題は?」
「もう終わったよ、全部」
「……えっ」
作り置きのおかずをレンジで温めながら、思わず声が裏返る。
「本当? だって、まだ夏休み始まったばっかりじゃない。読書感想文や日記もあるんでしょう?」
「もう書いた」
「……お母さん、後で見てもいい?」
「どーぞ」
それから蓮が持ってきた宿題を確認しためぐみは、脱力感に襲われた。漢字ドリル、計算プリント、読書感想文、なぜか8月末まで書き込まれている日記。たしかに、どれも済んでいる。
「日記は、日によってシャーペンを持ち替えるのがポイントだよ。別の日に書いたっぽく見えるっしょ?」
蓮が得意げにそう言うのを、めぐみは苦笑しながら聞いた。
この様子だと、読書感想文も指定図書を読まずに書いたのだろう。彼の省エネ主義は、今に始まったことではない。必要最小限で、及第点の成果を出すコツを心得ている。