息子がお金や肩書よりも大切にしたかったこと
取り残された清香は脱力しながら玄関に座りこんだ。やがて遅れてきた孝輔が清香の隣にしゃがんで、肩を支えた。清香はゆっくりと孝輔に目を向ける。
「私たちが自分たちのために大企業で働かせようとしていたって言われて、正直、否定はできなかった。そんな気持ちがなかったとは言えないから」
「……そうだな。『どれだけの金を使ったと思ってるんだ』って言いそうになったからな。言ってたら二度とアイツは俺に口を聞いてくれなかっただろうな」
「期待していた気持ちがいつからか願望に変わってた。それに私たちは気付かなかった。でも啓太は分かってたみたい」
孝輔は頭をかく。
「これからはもうアイツに任せるしかないな」
「うん。でも啓太ならきっと大丈夫よ」
清香がそう言うと孝輔はゆっくりと頷いた。
2人で話し終えた後、清香は啓太に連絡して、追い込むような態度をしていたことを謝罪した。さらに啓太の気持ちを尊重し、何があっても2人は味方であると伝えた。
翌朝、目を覚ますと啓太から返事が来ていて昨晩の謝罪と今までのサポートへの感謝が書かれてあった。そして「今後はやりたいことをやるよ」と力強い言葉で締めくくられていた。
年明けから間もなく啓太は「退職した」と連絡をしてきた。清香は「お疲れ様」と返事をした。
退職から1週間後、啓太からピースサインをして楽しそうに象に乗っている写真が送られてきた。
「ねえ、あの子、サバンナにいるんだって」
孝輔はスマホの写真を見て思わず笑った。
「あいつ、すごいところにいるなぁ」
「でも本当に楽しそうよね」
「ああ、そうだな」
こんなに満面の笑みを浮かべる啓太を見たのはいつぶりだろうか。きっと啓太は、お金よりも肩書よりも大事なものに気付いたのだろう。それを教えてくれた啓太は変わることなく、清香たちの自慢の息子だ。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。