夫婦がうろたえた息子のひと言
孝輔はそんな啓太に真面目な表情を向ける。
「……実際にお前が働いている会社は日本に大きく貢献をしているんだ。だから多少偉そうにしたっていい。お前はそれだけの結果を残してるんだ。胸を張れよ。嫌な奴らとも付き合うのは会社では必須なんだ。悪口を言ってる奴らとは適当に話を合わせておけばいいだろう。そうやって飲み込むのも大切なんだ」
啓太は黙っていた。だが、やがて深いため息を吐き、光のない冷たい視線を清香たちに向けた。
「やっぱりね。どうせ父さんと母さんはそうやって言うと思ってたよ」
「私たちは啓太の将来のことを思って……」
「もういいよ、そういうの」
啓太は顔をゆがませる。
「母さんたちはどうせ大企業に勤める息子がほしかっただけだろ? 散々自慢してたもんな。でもその肩書きが何なの? 俺もうそういうのはいいんだよ」
啓太は立ち上がり、「今日は一応辞めるってこと報告に来ただけだから」と告げてリビングから出て行こうとした。
清香も慌てて立ち上がり、テーブルにつまづきながら啓太の背中を呼び止めた。
「辞めてどうするつもりなの……?」
「別に決めてないよ。とりあえず海外旅行にでも行って羽を伸ばそうかなって思ってる。正直、仕事ばかりで全然休んでなかったし」
「ど、どこに行くの⁉」
「帰るんだよ。もう話すことは話したから」
それだけ告げて啓太は家からも出ていってしまった。