中間管理職の貴弘は、妻・綾香の「将来のために貯金しよう」という提案に従い、月3万円の小遣いで倹約生活を送っていた。昼食は手作り弁当、飲み会は断り、家族のために我慢を重ねる日々。

そんな中、実家の母から父の腰痛悪化のためにリフォームをしたいと、援助を求められた貴弘。綾香に相談するも、冷たく反応し援助に難色を示される。不審に思った貴弘が夜中に通帳を確認すると、そこには衝撃的な現実が待っていた。

コツコツ貯めてきたはずの貯金残高は「わずか数万円」しかなかったのだった…。

前編:「月3万円の小遣い制に耐えてきたのに…」消えた将来への貯金、40代男性に突然訪れた倹約妻への“疑念”

貯金の「使い道」

ある日、子どもたちが自室にいるのを確認した貴弘は意を決してテーブルに通帳を置いた。

「……これ、どういうことだ」

「うん?」

ゆっくりと顔を上げた綾香。その視線が通帳に落ちた次の瞬間、固まる。

「あ……」

「結婚してから、俺が毎月預けてきた金……どこに消えたんだ?」

できるだけ冷静に言葉を選んだつもりだった。だが胸の奥で渦巻く怒りが、声に滲んでしまう。

綾香はスマホをテーブルに置き、両手を膝の上で組んだ。細かい石が散りばめられた長い爪が嫌でも目に付く。

「……と、投資に回してたの」

「投資?」

「そうよ。ほら、これから子どもたちの学費とか老後とか、たくさんお金が必要になるでしょ? このままじゃ足りないって思ったの」

「で、その結果が、これか」

貴弘は通帳を指で叩いた。カチリと硬い音が響く。

「ごめんなさい、うまくいかなくて……でも、悪気があったわけじゃないのよ。全部、家族のためにやったことなの」

「だったら、なんで相談しなかった」

「あなた、忙しかったじゃない……仕事で疲れてるのに、余計な心配かけたくなかったの。本当にごめんなさい」

貴弘はしばらく黙り込み、テーブルの木目を見つめた。

「……分かった。一旦、ここまでにしよう」

低くそう告げると、綾香が安堵の息を漏らした。

「ごめんなさい、本当に……私、良かれと思って……」

ライトの柔らかな光に照らされた綾香の横顔を、貴弘はじっと見つめる。
長年連れ添ってきたはずなのに、その表情がひどく遠くに感じられた。