夫が義母に伝えたこと

「弘美は、伸弥を一生懸命育ててる。母さんの知らないところで、どれだけ頑張ってきたか。何も知らないくせに、弘美の努力を否定するようなことを言うな」
リビングの空気が、ぴんと張りつめた。

「勇樹……」

「もう、二度と実家に家族を連れてこない。俺がここに来ることも、たぶん、もうないと思う」

その宣言に、義母の顔が凍りついた。弘美も、息を呑んだ。

「帰ろう、弘美」

勇樹はさっと伸弥を抱き上げると、弘美に手を差し伸べた。弘美はためらうことなく、その手を取った。

「勝手にしなさいよ!」

背中越しに、義母の怒鳴り声が聞こえたが、振り返ることはなかった。

義実家を出てタクシーに乗り込み、ドアが閉まると、ようやく弘美は大きく息を吐いた。窓の外に広がる景色が、どこか遠い世界のものに思えた。

車が動き出してしばらくして、勇樹が静かに口を開いた。

「……本当に、ごめん」

勇樹の声は、悔しそうに震えていた。

「もっと早く気づいていればよかった。弘美に、こんな思いさせて……」

「謝らないで。勇樹が来てくれて、本当に助かった」

「でも……」

「私も、もっと早く勇樹に言えばよかった。辛かったって」

それから弘美たちは、お互いに黙り込んだ。だが、その沈黙は、決して嫌なものではなかった。

やがて小さな寝息を立て始めた伸弥に気づき、弘美は勇樹と思わず顔を見合わせて微笑み合った。

初夏の柔らかい光に照らされて、タクシーは静かに駅に向かって走っていった。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。