日本にはお米があるでしょうに
表面上は冗談っぽく笑いながらも、その声にはしっかりと棘がある。
「だいたい贅沢しなくたって、日本人にはお米があるでしょうに。小さいうちから、こんなものばかり食べてたら、ろくな子にならないわよ」
「……すみません。最近、流行ってるみたいだったので……」
小さく答えたけれど、心の中ではぐつぐつと何かが煮え立っていた。
弘美だって毎回こんな高級なものを買っているわけではない。普段の主食はお米だったし、離乳食を卒業したばかりの伸弥にも、なるべくバランスよく食べさせる努力もしている。
「それにね、弘美さん。前から思っていたんだけど、あなた……」
義母が続けて口を開きかけたそのとき、ガラリと玄関の戸が開いた。
「……ただいま」
義父の声だった。無口で表情に乏しい彼は、どこか近寄りがたい雰囲気をまとっている。弘美も、正直あまり得意ではない存在だ。
そんな義父が帰ってきた途端、義母の態度が一変する。
「あなた、おかえりなさい。ほらほら、弘美さんが来てくれたわよ」
あれほど鋭かった目つきが、急に猫なで声になり、口数もぐっと減る。義父の機嫌を損ねないよう、細心の注意を払っているようだった。
「さあさあ、弘美さん、突っ立てないで向こうで休んでてちょうだい。夕飯ができたら呼ぶからね」
まるで別人のような義母の態度を目の当たりにして、胸の奥が冷たくなった。
瑛子は義父がいるときには弘美に対して優しく振舞う。その裏表の激しさに、怒りというより、呆れに近い感情が抱いた。
「お義父さん、ご無沙汰しております」
「ああ……」
弘美はため息を呑み込みながら、義父に頭を下げた。
義父は弘美に軽くうなずくと、リビングへと消えていった。
これから何日か、またこの家で過ごさなければならない。しかも夫が来るまでは、ひとりで。
あとひと晩。だがそのひと晩が長かった。
●義母は口を開けば弘美への嫌味が飛び出してくる有様だった。ついには弘美の初産が34歳と遅れたことを引き合いに出しなじる始末だ。なかなか子供を授かることができず、あらゆる不妊治療を試してやっとのことで息子の伸弥が生まれたのに……。思いを踏みにじられた悔しさに身をよじるような思いをしながらも、義母にはだけは弱みは見せたくない、弘美はなんとか耐えるのだが、義母の嫌味はとどまることを知らず……後編:【「34歳で初産なんて…」姑の口から飛び出す、嫁の苦労を踏みにじる言葉の数々…そこに夫がやってきて告げた「辛辣な一言」】にて詳細をお届けする。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。