新幹線の窓際の席で、弘美は小さなため息をついた。膝の上には、すやすやと寝息をたてる息子の伸弥。まだ1歳になったばかりのこの子にとって、今回が初めての長距離移動だ。
周囲から白い目で見られる心配がないことに一旦は安堵したものの、これから向かう先を思うと、弘美の心はどうしても晴れなかった。
5月の大型連休に合わせて、これから義実家に帰省するのだ。結婚してからずっと、弘美たちは互いの実家へ交互に帰省するというなんとなくのルールでやってきた。
そして、今年は義実家の番。もちろん、それ自体に不満はない。問題は、夫・勇樹が急な仕事で1日遅れて合流することになったことだ。
「ごめん、俺だけ遅れていくよ。弘美たちは予定通り行ってて」
勇樹はそう言ったあと、すぐに「やっぱり3人一緒に行こうか?」と提案してくれた。まだ幼い伸弥を連れて、義実家へ向かわなければならない弘美を心配してくれたのだろう。だが、世の中はゴールデンウィークの真っ只中。帰省ラッシュで、チケットの変更は容易ではない。特にベビーカーを持ち込むことを考えると、今さら荷物置き場のある車両を確保するなんてとても無理そうだった。
「うーん、厳しいか……」
「大丈夫だよ。私たち、先に行ってるから」
スマホをにらみながらうなる勇樹に、弘美は笑ってそう言った。心からの言葉ではなかったが、勇樹が責任を感じすぎるのも辛かった。
仕方ない、と何度も自分に言い聞かせたが、やっぱり不安は消えない。勇樹のいない義実家で義両親と一晩過ごさなければならないと考えると、どうしても気が塞いでしまった。
「はあ……やっぱり勇樹を待てば良かったかも」
座席の背もたれに体を預けながら、窓の外を流れていく景色に視線を移すと、初夏の日差しが、ガラス越しに目の奥を鋭く突き刺した。