リタイア盲導犬?

「そんなことより、菜々ちゃんの生活が心配だよ。孤独は良くないんだって、私も最近実感してさ、猫でも飼おうかなぁって思ってるんだよね。本当は犬派なんだけど、仕事もあるから毎日散歩とかできなさそうだし」

菜々子は「ペットかぁ」とつぶやいて、長い名前のカクテルを飲んだ。

「保護犬とか保護猫もいいんだけどさ、犬だったらリタイア盲導犬の引き取りボランティアとかもあるんだよね」

「リタイア盲導犬?」

「そう、リタイア盲導犬。盲導犬って1頭育てるのに、だいたい500万円くらいかかるんだけど、10歳くらいになると引退して、ボランティアの家庭に引き取られるんだって。ほら、私、この前、そういう小説書いたでしょ。それでたまたま協会の人と話す機会があってね。盲導犬ならしつけもきっちりされてるし、手間もそんなにかからないんじゃないかな。独りで書けないなぁって悶々としてるよりはよっぽど健康的だと思うよ」

志津火はやや強引だったが、編集者とのメールと電話以外ほとんど人と関わることがなくなっていた菜々子にはどこか心地よく感じられる強引さでもあった。

その日、誰もいない家に帰ってパソコンに向かった菜々子は文章作成ソフトではなくブラウザを立ち上げ、「リタイア盲導犬 ボランティア」と検索窓に打ち込んだ。

●そして、菜々子の家に黒毛のラブラドール・レトリバー、リューがやってきた。しかし、盲導犬時代の癖が抜けないというべきか、リューと菜々子の距離はなかなか縮まらない。それもそのはずで、リューは前のパートナーと悲劇的な別れを経験していた。後編:【夫の病死で書けなくなった小説家と不慮の事故で引退を余儀なくされた盲導犬 一人と一匹が出会い起こったこと】にて詳細をお届けする。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。