新幹線の窓に流れていく新緑を見つめながら、春美は付属の割り箸をプラスティックの蓋の上にそっと置いた。楽しみにしていたはずの駅弁は、未だ手付かず。いつの間にか手のひらはじんわりと汗ばみ、心臓が落ち着かないリズムを刻んでいた。

「春美、食べないの?」

婚約者の雅史が、ペットボトルの緑茶を片手に隣の座席から春美の顔をのぞき込んできた。彼の落ち着いた声に、ふっと肩の力が抜けるのが自分でもわかった。

「……食べる。でも、ちょっと緊張してるみたい」

雅史と出会ったきっかけは、30歳を迎えたことを機に友人の勧めで始めたマッチングアプリ。彼と初めて顔を合わせたのは、ちょうど1年半ほど前のことだ。

待ち合わせのカフェに現れた雅史は、高身長で整った顔立ち、まっすぐな眼差しと少し不器用そうな笑顔が印象的な男性だった。同世代で価値観が似ていることもあって、どことなく俳優のような雰囲気をまとっている雅史にも春美は気後れすることなく話すことができた。それから何度かデートを重ねるうちに、春美は彼の誠実な人柄に惹かれていき、つい先日念願のプロポーズを受けた。

「まあ、そりゃそうだよな。俺だって先週は、生きた心地がしなかったし、緊張しないほうがおかしいか……」

「たしかに緊張してたよね。私、あんな雅史初めて見た……ふふっ」

先週末、実家に来てくれた雅史の姿を思い出して、春美は思わず口元を緩めた。彼は緊張で固くなりながらも、春美の両親に結婚の挨拶を無事に終わらせた。4人で食卓を囲んでいる間、微動だにせず正座していたせいで、帰るときには足がしびれて立ち上がるのに四苦八苦していた。

そんな雅史の真面目な性格が両親にも伝わったらしく、2人とも結婚を心から喜んでくれている。