財布の中身は
ぎっしりと詰まった札束。少なくとも100万円はあるだろう。酔っ払った金持ちが落としたのだろうか。そもそも今日日こんな大金を財布に入れて持ち歩くような人間がいるのだろうか。ひょっとすると、何か違法な金なのだろうか。
様々な想像が頭をよぎったが、洋幸の想像力では答えが出せるはずもない。ただ、ひとつ確かなのは、今自分の目の前に大金があるという事実。
喉が渇くのを感じた。
この金があれば、新しい弦が買える。いや、それどころか新しいギターだって、まともなマイクだって買える。いい機材を揃えれば、音楽のクオリティは格段に上がるだろう。しばらくはバイトをしないで音楽に集中することだってできる。
洋幸はあたりをもう1度見回した。誰もいない。誰も見ていない。
全額はまずいかもしれない。ならば数枚抜いて、ポケットに滑り込ませればいい。仮に持ち主が現れても、洋幸の仕業だと断定することはできないはずだ。
手が震えているのが分かった。
それが興奮なのか、罪悪感なのか、自分でも分からない。
とにかくこの場にいてはいけないような気がして、洋祐は拾った財布を両腕で抱え、逃げるようにアパートへ帰った。
●財布を持ち帰り、一晩考えた洋幸は、交番に届ける決意をする。結局、財布の中身には手を付けず最低自給で夜勤のアルバイトをしながら明日も見えない生活を続けることを選んだ洋幸。ある日のバイト終わり、作詞にいそしむ洋幸のスマホが震える。画面には見知らぬ番号が表示されていた……。後編:【「お礼をさせてほしい」“100万の入った長財布”を律儀に交番に届けた売れないミュージシャンに訪れた小さな奇跡】にて詳細をお届けする。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。