ギターの弦を買い替えるお金も……

夜の街には冷たい風が吹いていた。

駅前の広場、いつもの場所に立ち、ギターケースを開いて前に置く。

これが、洋幸の「ステージ」だ。

アコースティックギターをかき鳴らし、歌い出す。しかし通り過ぎる人たちは誰も立ち止まらない。イヤホンをつけたまま通り過ぎる若者、カップル、仕事帰りのサラリーマン。どの人も洋幸の声なんて耳に入っていなかった。

それでも洋幸は歌い続ける。

自分が透明になっていく気がする。たしかにここにいるはずなのに、生きているはずなのに、いないものとして漂白されていくような気がする。それでも洋幸は声を絞りだし、メロディに乗せる。

ビンッ!

乾いた音が響いた。冷たくなった指先ににわかな熱を感じた。手元を見るとギターの弦が、切れていた。

全財産は1300円。新しい弦を買うことすら難しい。

「……んだよ、クソが」

思わず呟いた悪態に、ちょうど目の前を通りすがった女性が振り返る。目が合って、女性は足早に立ち去っていく。

思わず叩きつけそうになったギターを振り上げた。だがこの場でギターを壊してみせるような気概はなくて、洋幸はギターを抱えてその場に座り込む。中指の先端から一筋の血が、流せない涙の代わりに滴っている。

結局、路上ライブは中止にするほかなく、洋幸は荷物をまとめて夜道を歩いた。履き古しのスニーカーが地面を擦る。スニーカーは小指のところが破れているせいで、足の指先がひどくかじかむ。

つま先が何かを蹴った感触があった。石ころにしては大きく、そしてやわらかい。猫の死体だったら最悪だと、洋幸はスマホのライトで足元を照らす。

蹴ったのは長財布だった。洋幸は財布を拾い上げる。手触りのいい黒革の財布はずしりと重かった。

何かの罠だろうかとあたりを見回した。しかし周囲に人影はない。

交番に届けないといけないと思った。だが思うと同時に、指が勝手に財布のファスナーを引いていた。

「えっ……」

その瞬間、視線が中身に釘付けになった。通りで重いわけだった。