バイトを終えて部屋に帰ると、薄暗いアパートの空気が肌にまとわりつくようだった。

四畳半の風呂なしワンルーム。狭い空間にギターケースと小さなスピーカーが雑然と置かれている。壁には防音のために適当に貼ったスポンジボード。睡眠も食事も、敷きっぱなしの布団の上。

東京に来て7年、この部屋はずっと変わらない。

変わったのは、夢への期待がじわじわと薄れてきたことくらいだろうか。
洋幸は煎餅布団の上に転がると、スマホを取り出して口座の残高を確認した。

――263円。

バイトの給料日まであと10日。

それまで何とか持ちこたえられるだろうか。冷蔵庫には調味料しか入っていない。昨日の路上ライブでせめて1000円でも投げ銭が入れば少しは気が楽だったが、現実はどこまでも冷たい。

そのとき、手のなかにあったスマホが震えた。画面には「実家」の文字。洋幸は深くため息をついてから通話ボタンを押した。

「……もしもし」

「洋幸、久しぶり。元気にしてる?」

「まあ、それなりに……」

「そう、ちゃんとご飯食べられてるの?」

「うん……」

「そう、こっちはお父さんも元気よ……洋幸に会いたがってるわ」

母の声は柔らかかったが、洋幸は憂鬱だった。このあと、どんな話題の転換を迎えるのか、すべて透けて見えるからだ。

「ねえ、洋幸……もうそろそろ戻ってきたらどう? 仕事はこっちで探せばいいし、音楽だって東京じゃなくてもできるでしょう?」

洋幸は思わず舌打ちをする。もう何度目か分からない言葉だった。