田舎には帰れない
せめて大学は出てほしいという両親の頼みを蹴って上京したのが18歳のとき。それからいくつかのバイトを渡り歩いて食いつなぎ、音楽を続けてきた。
レコード会社にデモテープを送り、SNSで弾き語りをし、路上ライブに精を出す。もう7年が経つが、思わしい結果は何ひとつとして出ていない。
だから田舎に帰ってこいという母の提案は当然だった。だが啖呵を切って飛び出してきた手前、はいそうですねと素直にうなずく気にはなれない。
「あんな田舎で東京と同じように音楽ができるわけないだろ。人の数、レコード会社の数、チャンスの数が違う。東京に住んでるのには理由があるんだ。帰る気はないよ」
「……そう……でも、いつでも帰ってきていいんだからね?」
「……悪いけど、これから夜勤だから」
そう言って強引に話を切り上げて通話を切った。母はたぶん「体に気をつけてね」と言おうとしたが、最後までは聞こえなかった。
静かになった部屋には、洋幸が過ごしてきた時間の無意味さを嘲笑うように、時計の針の音がやけに軽快に響いている。