<前編のあらすじ>
洋幸はいわゆる売れないミュージシャンである。大学に行くよう懇願する母に啖呵切って実家を飛び出した手前、田舎には戻るつもりはないが、その暮らしぶりはもちろん良くない。
夜勤バイトでなんとか風呂なしアパートで暮らすための生活費を稼ぎ、空いた時間で路上ライブに繰り出すが、洋幸の歌に振り向く人はまばらだ。
ある日も日課の洋幸は路上ライブを行っていた。ギターをかき鳴らすと乾いた音が響く。ギターを見ると、弦が切れていた。全財産は1300円。新しい弦を買うこともできない。
すごすごと夜道をアパートへ向かう洋幸。何かをスニーカーのつま先で蹴り上げてしまう。しっかりとした重みのあるそれは、長財布だった。
人気はない……。
洋幸が長財布のファスナーを引くと、そこには100万はあろうかという札束が入っていた……。
前編:「全財産は263円」歌手を夢見る極貧フリーターが失意の夜道で見つけた”一攫千金”できそうな方法とは?
財布をどうするべきか
翌朝も、洋幸の手には拾った財布があった。やたらと明るい蛍光灯に黒革の財布を掲げる。
「重いな」
呟いてみるが、腕にかかる財布の重みは決して軽くなったりはしない。もちろん中に入っている大金には、まだ手を付けていない。
昨晩、調べたところ、落とし物をネコババするのはれっきとした犯罪で「遺失物横領罪」という罪になるらしい。
洋幸は壁に立てかけてあるギターを見る。弦が切れたギターはあまりにも無様で、今の自分を象徴しているように思える。
これ以上、落ちぶれるのは嫌だった。だから洋幸は、財布を厳重に鞄にしまい、出かけることにした。
駅前の交番に着くと、中には眠そうな顔をした警官が1人だけいた。
「すみません、落とし物を届けたいんですけど」
そう言って財布を差し出すと、警官の目が一瞬だけ鋭くなった。「中身は?」と尋ねられ、「現金が結構入ってました」と正直に答えた。 しばらく警官は黙って財布を開け、中を確認した。
「……すごいね。これ、ざっと100万円はあるな」
改めて具体的な数字を言われると、その重みが現実味を帯びた。
「これ、拾ってすぐ届けたの?」
「え、ええ……まあ」
咄嗟に嘘をついてしまった。本当は一晩迷っていたくせに。
「んー、今のところ届け出はないな……。一応、拾得者としての権利もあるからね。持ち主が見つかったら、お礼がもらえるかもしれないし、3ヶ月経って持ち主が現れなければ、君のものになる可能性もある」
「……へえ」
あまり期待はしなかった。
「一応、連絡先を書いといてくれる?」
差し出された紙に、電話番号を記入した。財布がなくなって、洋幸の手は軽くなった。だが、心はずしりと重いままだった。