寒いというより痛かった。

駐車場に停まった車から降りた光輝は、車内との寒暖差に早くも心が折れかけていた。スキーウェアを着ているはずなのに、ただ立っていると凍りついてしまいそうだった。

「さすがに寒すぎるだろ……」

「すぐ慣れるよ。それに、上はこんなもんじゃないって」

運転席側から降りてきた悟に声をかける。年季の入ったスキーウェアに頬にまで蓄えられた無精ひげ。普段は大人しく冴えない友人だが、降り続く雪の冷たさのせいか、光輝の目には悟が頼もしく映った。

「おお、着いたか。それにしてもさっみいな」

後部座席から降りてきた力也が大きく伸びをする。光輝は目の前にそびえるなだらかで白い山を見上げる。

登山なんて大学卒業以来でおよそ20年ぶりだが、こうして山を前にすると少なからず気分は高揚した。

「慶明大ワンゲル同好会復活だな。まさか本当にやるとは思ってなかったけど」

光輝はぽつりと呟く。

年末に忘年会を兼ねて集まったとき、力也が久しぶりに山登りたいと言い出したことがきっかけだった。

酒の勢いで盛り上がっただけかと思いきや、後日力也が悟に計画するよう連絡をしたらしい。実現するか半信半疑だった光輝だが、実現したというのならば来ないわけにはいかなかった。

発起人の力也が肩を組んできた。

「とはいえ、北横岳なんて日帰りの3時間コースだろ? 余裕だよ、余裕」

「まあたしかにな」

「2人とも、卒業以来なんだから、あんまり無理はしないようにな?」

「なんだよ悟。そりゃお前はいいよな。ほぼニートで気ままに暮らして、山登ってんだからよ。こっちは毎日毎日、下げたくもない頭下げて働いてんだっつうの」

「力也、ニートじゃないよ。バイト。この前、力也だって食べに来ただろ」

「あのラーメン屋な。しっかし、あの店長も可哀そうだよな。40代のバイトなんて扱いづらくて仕方ねえ」

「おい力也。そのへんにしとけって」

みるみる引きつっていく悟の表情を見た光輝があいだを取りなすと、力也は「冗談だよ」と笑ったが、どうやら久しぶりの登山に力也も興奮しているらしかった。
3人は車の後ろへ回り、トランクからバックパックを取り出して背負う。光輝はもう一度、冬の北横岳を見上げた。