遊んでるだけのお前とは違う
景色を楽しむ余裕がない、と思いつつも、苦労して登った報酬として景色くらい楽しめるだろうと思っていた光輝は、山頂について唖然とするしかなかった。
重たい雲がのしかかり、視界は吹きすさぶ雪で不明瞭。縞枯山や南八ヶ岳の山並みを望むことができたはずの景色は、白く濁っている。おまけに樹林帯と違い、風を遮るものがないせいで、風は剃刀のような鋭さで光輝たちの体力と気力を奪っていく。
「なんだよ、もう降りようぜ」
すでに力也の不機嫌は限界を迎えつつある。だがバックパックを下ろしている悟はアウトドア用のマグでコーヒーを飲んでいた。
「もう少し休憩しない? 下りのほうが負荷高いし、1回きちんと休んだほうが」
「悟、お前何なんだよ。遊んでるだけのお前と違ってさ、俺たちは仕事も家庭もあるわけ。こんなクソみたいなとこで休むんじゃなくて、あったけえとこで休みたいわけ。明日の仕事のために。分かる? 分かんねえよなぁ」
「力也、そのへんでやめとけよ。落ち着けって」
「お前、悟の味方かよ。俺はな、天候のこと気にして早く降りようぜって言ってんの。このままじゃ、足跡も消えるし、どの道戻ったらいいか分かんなくなるだろうが」
力也の言うことも一理あったので、光輝たちは山を下ることにした。
実際、2時間程度で済むはずだった登りは2時間半以上かかっていた。光輝も明日は仕事なのであまり遅くはなりたくなかったし、そもそも暗くなる前に下山しきらないと身動きが取れなくなる。
だが案の定、下りは雪に足を取られ、バランスを取るのすら大変だった。トレッキングポールで身体を支えながら、慎重に足を踏み出す。力也は意外と体力が残っているのか、ずんずんと先行して山道を下りていく。
「おかしいな。もうそろそろヒュッテが見えてきてもいいんだけど」と、悟が呟いたのは、下り始めてから体感で30分くらい経ったころだった。白くけぶるなかに見えるのは相変わらず、背の高い木々だけだった。
「力也ちょっと戻ってきてくれ!」
光輝は数メートル先に先行している力也を呼び止める。力也は足を止め、めんどくさそうに光輝のいるほうを見上げた。
「まずい、迷ったかもしれない」
「は? まじで?」
向けられた悟の表情は真剣で、光輝は静かに息を呑む。
●雪山で迷う3人に自然の猛威が容赦なく襲い掛かり、更なるトラブルに見舞われる。皆を勇気づけたのは、「ニート」とさげすまれた悟だった。後編:【雪山で遭難し絶体絶命の危機に陥った40代3人組を救う、バイト暮らしで“ニート”と呼ばれた一人の機転】にて詳細をお届けます。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。