喫茶店のテーブル席に座り、何となく外を見ている益実は、何事もない風を装っていながらも内心はとても憂鬱な気持ちだった。このまま誰も来なければいいのにと心の底から願っていたが、待ち合わせ時刻きっかりに優が現れた。
「姉さん、久しぶりだね」
優は益実の対面に座り、コーヒーを注文する。
「会うのは久しぶりだね。6年ぶりか」
益実は目を合わせずに答える。
「そうね。ということはもう優も42歳になったってこと?」
「うん、2ヶ月前にね。姉さんは49歳か」
「もう嫌になるわ。来年には50なんてさ」
「仕事はどう? 順調?」
運ばれてきたコーヒーに砂糖を入れながら優は聞いてくる。
「そうね。まあ、仕事だけはちゃんとやれているわ」
益実は大手出版社で編集の仕事をしている。ついこの間も益実がデビューから一緒に仕事をしている作家が文学賞を取ったことで取材の申し込みや執筆依頼が担当編集である益実の元に殺到し、ますます忙しくなっている。
「……大体何の話かは分かってるよね?」
優は首をすくめ、益実の様子を伺うようにやや下から顔をのぞき込んだ。
「母さんのことでしょ?」
優はこくりとうなずいた。
親が高齢になってからというもの、優とはたまに連絡を取り合うようになっていたが、呼び出されるようなことは滅多にない。思えば、前に呼び出されたのも父が倒れたときだった。
「今すぐにどうこうってわけじゃないんだけど、いつ逝ってもおかしくないしさ。まだ母さんが話せるうちに、1度だけ会ってみないか?」
優の提案に、益実は胃のあたりがずんと重くなるのを感じていた。
母は2年前にガンを患い、闘病生活を送っている。1年前に余命を宣告されてからは、いつ亡くなってもおかしくない状況だった。
ぬるくなったコーヒーを口につける。
益実は6年前に亡くなった父とも、母とも、絶縁状態にあった。
「……正直、父さんの件は仕方ないと思っている。父さんはあまりにも姉さんに冷たすぎたし。でも母さんは、血の繋がった家族だろ?」
父の話題を出され、益実は顔を伏せる。6年前に父は病気で亡くなっている。そのときも益実は一度もお見舞いには行かなかった。