夫に頼るつもりはない
その夜も、祐樹はいつものように黙ってテレビを見ていた。
里代子は特に彼に報告することもなく、夕食を片付けてからパートの求人広告を見ていた。
バレエを始める費用は決して安くない。月々8000円の月謝に加えて、レオタードやバレエシューズなどの消耗品は年間2万円ほど、さらに発表会に出るとなると10万円以上の費用がかかることが分かった。それらを家計から出すことは難しいし、もちろん祐樹に頼るつもりもない。
「それ、何見てるんだ?」
祐樹が不意に声をかけてきた。
「パートの求人よ」
「なんで?」
平坦な調子で尋ねる祐樹に、里代子も端的に答えた。
「バレエの月謝、自分で払うから」
「……そこまでしてやりたいのか?」
その問いかけに答えず、里代子は広告に視線を戻した。沈黙の中、祐樹からは苛立ちと困惑が混ざったような空気を感じたが、今の里代子はその感情に引きずられたくなかった。
●里代子は念願のバレエ教室通いを始める。50代で始めたバレエ、発表会に向けて練習をするも周囲とは埋めがたい差があった。それでもめげず、自宅に戻ってからも振付のイメージトレーニングをするなど、努力を続ける里代子。そしてついに発表会の日がやってくる……。後編:【「無駄なことに時間を使うんじゃない」とまで言った夫が、妻が五十の手習いで始めたバレエに感動して告げた一言】にて詳細をお届けします。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。