年の数だけ豆を喰らう義母
有無を言わさず鬼役をさせられた夫に豆を投げつけ終えると、義母は床に転がる豆を拾い始めた。
「はい、これ福豆ね。みんな、自分の歳の数だけ食べるのよ。分かったわね?」
「え、まいた豆を食べるんですか?」
「じゃあまいた豆どうするのよ。もったいないじゃない」
吐き捨てるや、義母は自分用に確保した豆を一心不乱に食べ始める。どうやら意地でも年齢と同じだけ、つまり68粒の豆を食べるつもりらしい。物凄い速さで豆を口に運び続ける義母に圧倒されながら、ゆかりも大人しく福豆を口に運ぶ。翔太もそれに倣って豆に手を伸ばしたが、次の瞬間、1度口に含んだ豆を吐き出した。
「まっず」
「何をやってるの! これが縁起物だって分からないの!? 歳の数だけ食べないと! 1度口に入れたものを出すなんて、あんた、普段母親としてどういうしつけをしているの!?」
ゆかりの胸に刺さるような鋭い声が響いた。あまりに急に怒鳴られたのでゆかりは何も言葉を返せなかったが、萎縮した翔太が涙をぽろぽろと流し始めてようやく我に返った。
「お義母さん、もう今日はこれくらいで……」
「ダメよ! 私は健康のことを考えて、これを食べさせようとしているのに!」
険悪な空気が部屋に蔓延った。夫もおろおろと間に立とうとしたが、義母が息子の言葉を聞き入れるはずもない。
「あーあ、豆を食べなかったから健康が損なわれたわよ! 私は知らないからね!」
最後には吐き捨てるように言い、呼びつけたタクシーに乗って帰っていった。外ではいつの間にか、雨が降っていた。
●嵐のように去っていった瑛子は、また別の日、新たなトラブルの種を持ってきた。ゆかりたち家族に平穏な日々は訪れるのか。後編:【「保険証? とっくに切れてるわよ」”偏屈”な義母が、病院に運び込まれ起こってしまった大トラブル】にて詳細をお届けします。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。