義母監視の節分
テーブルには、義母が買ってきた大きな恵方巻がずらりと並んでいた。艶やかな海苔に包まれたそれらは、どこか威圧感すら漂わせているようだった。
腕を組んだ義母がゆかりたちを見渡すと食卓にはさらなる緊張が走る。
「いい?今年の恵方は東北東よ。この方角に向かって黙々と食べるの。しゃべっちゃダメ、余所見もしないこと」
義母が指さした方向を見て、ゆかりと夫は無言でうなずいた。しかし、翔太が何か言いたそうに口を開きかけた瞬間、義母がすかさず声を荒げた。
「翔太、黙って食べるのよ! 今年一年の運が逃げるからね!」
翔太は肩をすくめて、目の前の恵方巻に渋々手を伸ばす。ゆかりはその様子を横目で見つつ、自分の分を手に取り、言われた通りの方向に体を向けた。
「それじゃあ、始めるわよ。ほら翔太、ちゃんと姿勢を正しなさい」
義母の号令が響く中、ゆかりたちは一斉に恵方巻を口に運んだ。食べ進めるたびに、ご飯と具材がぎっしり詰まったそれがどんどん重く感じられた。黙って食べ続けるという単純な決まり事が妙に苦痛だ。大人でさえそうなのだから、小学生の翔太が難しく感じるのも無理はない。案の定、隣の翔太がちらりとゆかりを見た瞬間、義母の声が飛んできた。
「こら翔太! よそ見しないの! 東北東から目を離すんじゃないわよ!」
義母はあくまでゆかりたちの“正しい恵方巻の食べ方”を監視し続けるらしかった。
ようやく1本食べ終わったとき、口の中に広がるご飯と甘辛い味の余韻とともに、疲労感が押し寄せた。
ゆかりは静かに深呼吸し、食卓を見渡した。翔太はもう飽きた顔をしているし、夫は2本目に取りかかる気力を失ったらしい。
「まったく……今年一年の運を担う大事な行事なんだから、もっと真剣にやりなさいよ。ほら、食べ終わったら次は豆まきするわよ。あんたたち、早く準備しなさい」