恥ずかしくて表を歩けない
毎日上機嫌で鏡を眺めてばかりいる彩花とは対照的に、夫の進は不安を感じていた。正直、進は美容のことなんて一切分からない。彩花が真剣に化粧品や美容器具を選んでいる姿を見ても、進にはどれも違いが分からなかった。ファッションにも疎いため、美容室から帰ってきた彩花の変化に気付かず、しかられたことも何度かある。だが、そんな進にもヒアルロン酸注射の効果は分かった。どこがどう変わったと聞かれると困るが、とにかく彩花の顔が若返ったのだ。表情も別人のように明るい。そんな機嫌のいい妻を見てうれしくなった。
しかし最近の彩花は、何かにとりつかれたように美容のことばかり考えている。近所の人たちも、彩花の顔が変わったと陰でうわさをしていた。
残業もなく帰路についたが、進の足取りは重かった。家の電気はついているが、彩花の出迎えはない。おそらくまた懲りずにクリニックのパンフレットでも見ているのだろう。進は気分を引きずりながらリビングの扉を開ける。
「あら、おかえりなさい。今日は遅かったわね」
進の予想通りソファでパンフレットを眺めていた彩花は、顔も上げずにそう言った。その姿を見て、進の中で我慢していたものがせきを切ったように溢(あふ)れ出した。
「おい、いい加減にしてくれ! 最近のお前はどうかしてるぞ!」
声を張り上げると、彩花がようやくパンフレットから視線を外して進の方を見た。その顔に、以前の彩花の面影は見つけられない。進は思わず目をそらした。
「……お前のその、整形だよ。さすがにやりすぎだ」
「ちょっと、帰ってくるなり何なの? 私が若返ったって、あなたも喜んでたじゃない」
彩花は意味が分からないといった顔で、進を見つめてくる。どうやら自分が周りからどう見られているか、本当に分かっていないらしい。
「そりゃ最初は喜んださ。妻がきれいになって喜ばない旦那はいないだろ。だけど最近のお前はどうだ? ちゃんと鏡で自分の顔を見てみろよ! お前の顔が変わったって近所の人たちもうわさしてる。これじゃ、恥ずかしくて表を歩けないよ……」
進の言葉を聞いた彩花は、大きな目を見開いて怒った。整形のしすぎで表情が乏しくなった分、彩花の憤った顔は痛々しく見える。
「恥ずかしいって何よ! 私はきれいになろうとしてるだけなのに、何がいけないっていうの!」
彩花は持っていたクリニックのパンフレットを進に投げつけ、自室へ引きこもってしまった。進は床に落ちたパンフレットをゴミ箱に投げ入れると、1人で夕食の準備をするのだった。
●美容整形にとりつかれてしまった彩花の顔はどうなってしまうのだろうか……? 後編【「もう整形費用は使わせない」美容整形にハマった挙げ句、夫に家系の全てを管理された女性の「エグすぎる行動」】にて、詳細をお届けします。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。