真希の仕事

悪い膝を抱えて謝罪にやってきた吉江は、ダイニングテーブルの向かいに座り、一応出したお茶に手を付ける間もなく頭を下げた。

「真希さん、ごめんなさい。あなたにとても失礼なことをしてしまったわ」

書いてある文章を読み上げるような、平たんで形式ばかりの謝罪だった。吉江は本当に仕送りしてもらうためだけに謝罪をしにやってきたのだろう。吉江の言葉から謝罪の気持ちはみじんも感じられなかったが、その魂胆だけは手に取るようにはっきりと分かった。

真希はため息をついた。もう会うこともないだろう。そう思った矢先だった。

敦志がうちに大量にストックされているシャインクッキーを皿の上に出し、吉江の前に置いた。

「母さん、これ覚えてる?」

「もちろん。シャインクッキーね。敦志が小さいころ好きだったやつじゃないか。お店がつぶれてなくなるとき、あんた、駄々こねて泣いてたんだよ」

突然の質問に答えながらも、吉江は敦志の意図が理解できないまま目を瞬かせる。

「このクッキー、復活させたの真希なんだぜ」

そう言って、敦志はクッキーを1枚口のなかに放り込んだ。

「えっ⁉」

吉江は固まっていた。真希はうなずいた。

「元々はニヤマというメーカーが作っていたんですが、倒産してしまっていて。発売から35周年を機に、うちの会社がニヤマからレシピを引き継いで復刻できるよう、企画したんです」

「どうしてだか分かるか? 付き合い始めたころ、俺がシャインクッキーの思い出を真希に話したんだ。それを聞いて、真希は復活させようと動いてくれたんだぞ」

「実は私にとってもシャインクッキーは大切な商品なんですよ。私が大学生のときに亡くなった母の好きなお菓子がシャインクッキーで、2人でよく食べてたんです」

「……真希さん、あなた、スゴいのね」

「私は別にすごくはありません。シャインクッキーのことだって、企画したのは私でも実現できたのは会社のおかげなので。でも、私は今の仕事が大好きで、誇りを持ってやってるんです。だから、お義母(かあ)さんが流したうそのうわさは、本当に傷つきました」

黙り込んでうつむく吉江に、真希はクッキーを1枚差し出した。視線を上げた吉江に、真希はうなずき、敦志は食べてみろよと促した。パッケージを開け、吉江はクッキーをかじる。何ら特別な材料は使っていないクッキーだ。子供のころは高価で特別なものに思えていても、いざ自分が大人になってみれば、そうではなかったのだと気づいてしまうような、クッキーだ。

それでもそこには紛れもなく、真希と敦志と、そして吉江の、温かくて優しいそれぞれの思い出が込められている。

「ごめんなさい、私、何も知らずに……本当に、ごめんなさい」

吉江は肩を震わせ、声を絞りだした。真希は何も答えなかった。

許すつもりはなかった。誇りをもってやってきた仕事を軽んじられたことは、たとえ世代や時代が違うことを加味しても、真希にとってはどうしても許しがたいことだった。しかし生きた時代や見ている景色が違っても、人はほんのささいなきっかけさえあれば、人は歩み寄れるのかもしれない。

そう思ったから、真希は許す代わりの言葉をつむぐ。

「今日、夕飯に煮物を作ろうと思ってるんです。お義母(かあ)さんの味付け、よかったら教えてくださいよ」

キッチンへ向かう真希に向けて、吉江はゆっくりとうなずいた。

複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。