謝罪の「理由」
けっきょくその日はそのまま帰ることにしたが、帰宅したところで真希のいら立ちや悔しさが収まることはなかった。夜遅くに疲れて帰ってきた敦志に申し訳ないとは思いつつ、愚痴をこぼさずにはいられなかった。
「何だよそれ……」
真希が今日一日にあったことを話し終えると、さすがに想像の範囲外だったらしい敦志はソファに腰かけた隣りで頭を抱えた。
「私が敦志よりも給料が高いのが気に食わないみたい。だから水商売で稼いでるんだってうそを近所に言いふらしてたみたいなの」
「確かに2人の関係は良くなかったと思うけど、そんな子供じみた嫌がらせをするなんて……」
「私も、できるだけ我慢しようと思ってたんだけどね。女手ひとつで子供を育てる大変さを私も何となくは知ってるから。でもさ、こんな卑劣なやり方されちゃうと、さすがにもう関わりたくないなって」
申し訳ないついでに、真希は正直な気持ちを敦志へと伝えた。仮にも敦志にとっては大切な母親だから、嫌な顔をすると思った。しかし敦志はうなずき、真希の肩に手を置いた。
「それでいいと思う。母さんの世話は当分、俺1人で行くよ。行ける頻度は減っちゃうけど、それは母さんの自業自得だし」
立ち上がった敦志はスマホで吉江に電話をかけながら、リビングを出て行った。聞き耳を立てるつもりはなかったが、敦志の厳しい声が扉の向こうから漏れていた。
このままもう吉江と顔を合わすことはなくなるのだろう。もちろん不在につけこまれてまた根も葉もないうわさを流されるかもしれないが、もう真希には関係がないことなのだからどうでもいい。
そう思うと気分は多少楽になったはずなのに、似合わない服を無理やり着させられているような居心地の悪さを拭うことができなかった。
間もなく電話を終えた敦志が部屋に戻ってくる。表情は複雑で、泣いているようにも怒っているようにも見えた。
「お義母(かあ)さん、何だって?」
「謝りたいって」
「えっ⁉」
てっきりそんなこと言っていないの一点張りでくるだろうと思っていた真希は、意外過ぎる展開に思わず声を出して驚いた。
「いやぁ、なんかそんなこと知らない、私じゃないってしらを切るからさ、俺もなんかイラっとしちゃって。ついもう仕送りを止めるからなって言っちゃって、そうしたらあっさり認めて謝りに行かせてくれって言ってきた」
「……ああ」
事情を察し、真希はあきれた。
「お金のためってことね」
「本当にお恥ずかしい。……どうする? 断ってもいいけど」
「ううん、いいよ。謝罪は聞く。でも、お義母(かあ)さんうちまで来れるの?」
「いや、どうだろう。そうしたら来週の休み、俺が車で迎えに行くよ」
真希は部屋を見渡した。お義母(かあ)さんが来るなら、掃除しておかなきゃなと考えて、でもどうして謝罪を受けるはずの自分たちがもてなす側(がわ)になっているのだろうと、釈然としない気持ちになる。とはいえ、真希たちが吉江の謝罪を受けるために向こうの家に行くというのもおかしい気がするから、こうするしかないのだろうと思った。