千尋は玄関を開ける度に、気がめいっていた。

靴が雑然と置かれ、廊下にはゴミ袋が並んでいる。いつか掃除をしようと思っているのだが、今の忙しさではそういうわけにはいかない。千尋は目の前のゴミから目をそらし、締め切られた部屋の扉をノックした。

結婚をしたときに借りた3LDKのマンション。その一室は作業部屋になっていて、夫である卓志はいつもここにいる。ノックをして部屋を開けると、懐かしいインクの匂いが漂った。その奥で卓志は難しい顔をしながら、机とにらめっこをしていた。

「遅くなってごめん。夕飯、買ってきた」

「……ああ」

結婚をして15年。お互い40歳を超えても、晩ご飯を一緒に食べるというルールは欠かさなかった。卓志と向かい合う食卓に、千尋は買ってきた弁当を並べる。

千尋は卓志の対面に座り、割り箸を割った。

「どう? 順調?」

「ああ、締め切りには間に合うよ」

卓志は漫画家。志藤現在というペンネームで活動をしている。18歳でデビューを果たし、今も現役で漫画を描き続けているが、なんとかこぎつけた連載を始めては半年~1年くらいで打ち切られるということを繰り返している。今も、連載中の『織田信長が宇宙人に支配された近未来にタイムスリップしてくる』というバトルSF漫画の打ち切りが決まり、来月の完結に向けて広げた風呂敷をたたんでいるところだった。