妻の描いた漫画はTikTokがきっかけでドラマ化決定

「お前は、どうなんだよ?」

「連載のほうは問題ないよ。でもドラマの脚本のほうがちょっとね。勝手も違うし、わたしなんかは素人だから、大変」

千尋の職業も漫画家である。2人は漫画家夫婦だ。

千尋のペンネームは天龍院アゲハ。卓志とは違い、連載デビューをしたのが35歳と、10代から活躍するような漫画家もいる業界のなかでは遅咲きだった。

「カネも大して出ねえんだもんな」

「そうだね。でも、やりがいはあるし、楽しみにしてくれてるファンもいるから」

からあげをかみ砕きながら吐き捨てる卓志に、千尋は笑顔を返す。

天龍院アゲハは、今、注目されている漫画家だ。千尋の描いていた葬儀屋をテーマにした漫画『里見葬儀社でまたあした』がTikTokで紹介され、大きくバズった。元々千尋がアルバイトでやっていた経験を元に描いた作品なのだが、葬儀という暗いイメージを一新するコミカルな作風が世間にウケたらしい。正直なところ打ち切りの話がちらつくような作品だったのだが、SNSの力で一気に人気作へと押し上げてもらった。

さらに現在、ドラマ化の話が進められていて、主役には朝ドラで主演を果たした女優が決定しており、異例ではあるが千尋も数名のプロの脚本家とともに脚本執筆に参加するかたちを取らせてもらっている。

「いいねぇ、売れっ子は。安泰じゃん」

卓志の言葉に棘を感じたが、千尋は無視する。

「そうね。単行本も売れてるし、原稿料も上がるって」

「どれくらい? 1万くらいか?」

「分かんないけど、それくらいかな」

漫画家の主な収入は原稿料と印税になる。印税は単行本が刷られたときに入ってくるお金で、出版社や漫画家本人のキャリアにもよるがだいたい8%から10%と言われている。一方の原稿料はそのまま原稿1枚における報酬のこと。売れっ子になると1枚で2万~3万円ほどもらえるが、新人や売れてない作家だとだいたい5000円くらいと言われ、実際に千尋の原稿料もついこの前までは5000円だった。

卓志は食事を終えると、すぐに立ち上がった。

「もう仕事に戻るの?」

「ああ。今回はいけると思って、話を広げてたからな。3話でたためとか言われても、大変なんだよ」

卓志は自虐的な一言を残してリビングを出て行った。