睡眠時間を削るほど多忙な生活に

間もなく、千尋の漫画のドラマが正式に動き出し、テレビでも宣伝されるようになるにつれて、千尋の環境は大きく変わっていった。

連載を抱えながら、インタビューやワイドショー出演のオファーなどが増えた。ありがたいことに漫画の単行本は重版があり、本屋でも平台で並べられるようになる。電子書籍の売り上げも好調だと、担当編集は教えてくれた。

けれど全てが夢に見ていたものであるはずなのに、現実はそれらをかみしめることすらできないほど忙しかった。

長らく卓志と同じ作業部屋で仕事をしていたが、アシスタントを雇うことになったので、千尋だけ別で作業部屋を借りた。卓志と違い作業のすべてがデジタルなのでアシスタントも遠方で構わないのだが、やっぱり対面のほうが細かな修正指示が伝わりやすく、仕事がスムーズだと思ったからだ。

押し寄せてくる漫画以外の仕事に対処するため、真っ先に削られるのは睡眠時間で、千尋は泊まりこみで漫画を描く日々が続いた。忙しかった。24時間しかない地球の時間を呪(のろ)った。

それでも千尋はできる限り、卓志との時間を作ることだって忘れなかった。その日は連載原稿がようやく片付き、久しぶりに家で卓志と夕食の時間を確保することに成功した。もちろんまだ表紙のカラーと、来週に迫るドラマの放送開始に合わせて企画されていたノベライズの原稿チェックがあるから、夕食を終えたら仕事場に戻るつもりだった。

けれどこの1時間を捻出するために、2日分の睡眠時間を削った。重りを背負っているかのような猫背で玄関を開けた千尋は、思わず目を丸くした。

玄関の靴は整然と並べられていて、たまってたはずのゴミ袋の姿もない。卓志がやってくれたのだ。リビングに向かうと卓志は作業部屋ではなく、ソファに寝転がって携帯を触っていた。