川島大吾は65歳を迎え、新卒から勤め上げた会社の定年退職を迎えた。

「長い間、お世話になりました」

終業後にオフィスで同じ部署の仲間たちに向かって、感謝を述べる。女性社員から花束をもらい、見送られながら会社を出る。

不思議な気分だった。彼らはまた明日からもこの会社で仕事を続けるが、大吾にはもう明日からその仕事も席もない。

電車に乗っているとようやく実感が湧いてきた。この世界から居場所がなくなるということに対する寂しさがあった。

大吾にとって仕事は、自分という人間の存在意義だった。

勉強や運動が優れていたわけではない。容姿が整っているわけでもなく、間違っても異性の注目を集めるようなタイプでもない。

ただ生真面目な性質が功を奏し、仕事ではうまくいった。むしろ仕事だけがうまくいった。43年、そうやって生きてきた。

だからこそ仕事をなくした明日からの生き方が、大吾にはうまく思い描けなかった。

もちろん再雇用も考えている。しかしこれまで責任ある仕事を任せられ、それに見合う報酬をもらってきた大吾にとって、大幅な収入のダウンや仕事内容の変化は手放しに受け入れることが難しくもあった。

現在、日本人男性の平均寿命はおよそ84歳。

それに従えば、大吾の人生はあと20年近く残っていることになる。

あと20年。いったいどう過ごせばいいのかと途方に暮れながら家路についた。