真司はゆっくりと息を吐いた。”りょうすけ”と息子の名前が書かれたボードの下がる扉を静かに開ける。妻のほなみに部屋を片づけるよう言われていた亮介は床に広げた鉄道模型のおもちゃを箱のなかへしまっていた。
亮介は5歳でヤンチャ盛り。真司が37歳のときに生まれた長男だ。子供の成長というのは驚くほど早いもので、ついこないだまで哺乳瓶でミルクを飲んでいたはずなのに、今ではもう日本中の新幹線の名前や路線の名前をそらんじてしゃべるようになっていた。
「亮介」
真司が呼ぶと、亮介が小さな身体をこわばらせて警戒したのが分かる。
「亮介。……今日、また、友達をたたいて泣かせたんだってな」
真司はなるべく冷静かつ穏やかな口調を心がけた。亮介は首を横に振った。
「お母さんが言ってたぞ」
亮介は黙り込んだ。真司は廊下から部屋に入った。
「どうしてたたくんだ? たたいちゃダメだって前にも言ったよな?」
「たたいてない!」
「じゃあ何でそのお友達は泣いたんだ?」
「たたいてないよ!」
真司はいら立った。あからさまに吐き出したため息に、亮介は分かりやすく怯えていたが、この瞬間はいら立ちのほうが勝った。
「ウソをつくな! どうして分からないんだ! 男ならはっきりと認めたらどうなんだ⁉」
真司は思わず亮介を怒鳴りつけていた。真司の怒声に亮介が目を見開き、リビングからほなみが慌ててやってきた。
「お前は来年から小学生だぞ! いつまでもそんなことでどうする⁉」
亮介は大声で泣き出した。手に持ったおもちゃを床に投げ捨て、そのことがまた真司の癇(かん)に障った。
いや、真司が1番いら立っていたのは、思うように亮介に関われない自分自身なのかもしれない。ほなみに抱きかかえられたまま泣きじゃくる亮介を見下ろしながら、真司は激しい自己嫌悪に襲われた。
怯えた目で真司を見上げる亮介が、子どものころの自分と重なって見えた。