病に伏せった父
謝ると言った”明日”が来ないまま1週間が過ぎたころ、母から電話があった。
慣れないLINEが送られてくることはあっても、電話がかかってくることは珍しかった。久しぶりに聞く母の声が少しかすれているように聞こえるのは、何も年のせいだけではないとすぐに分かった。
「……実はね、お父さんが病気で倒れたのよ」
真幸は73歳。体を悪くしてもおかしくない年齢だったから、真司に驚きはなかった。
「そうなんだ」
「それでね、真司、お見舞いにこれないかな……?」
「は? 俺が?」
「そうよ。あなた、息子なんだから」
「いやいや、勘弁してくれよ。おやじだって、別に俺に会いたくないだろ」
真幸とは5年以上会ってない。最後に会ったのは亮介が生まれたばかりのころだった。
「そんなことないと思うよ。お父さん、真司のこといつも心配してた」
「バカ言うなよ。それこそそんなわけないだろ」
真司は乾いた声で吐き捨てた。電話の向こうで母が黙り込む。真司の脳裏に母の悲痛な面持ちが思い浮かんだ。真幸の亭主関白ぶりに苦労を掛けられた母を、真司は悲しませるようなことをしたくないと思っていた。
「……わかったよ。休みを確認してみる。してみるだけだから、行けるかは分かんないけど」
「お願いね。あの、お父さんね、ほんと、長くないかもしれないから」
母の言葉を聞いても、真司は何も思わなかった。
電話を切ると、ほなみが心配そうに話しかけてくる。
「誰から? なんかもめてたみたいだけど……」
「おふくろ。おやじが倒れたらしい」
「えっ⁉ 大変じゃない。容体は……?」
「さあ、長くはないかもとは言ってたけど、病名とかは聞いてない」
「そっか……どうするの?」
「どうするって?」
「1回、ちゃんと会ってきたら?」
ほなみの言葉に真司は驚いた。具体的な話はしていないが、ほなみは真司と真幸の間にある確執を知っていた。だから真司が5年も真幸と会ってなかったり、実家に帰りたがらないことについて何も言ってきたことがなかった。
「ほら、私もさ、お父さんを先に亡くしているから」
ほなみは8年前に父親を事故で亡くしていた。付き合いたての頃だったし、あまりにあっけらかんとしているほなみが印象的で、真司もよく覚えていた。
「真司ほどじゃないけど、私もお父さんとうまくいってなかったから。でも、少したってから、アルバムとかを見返したら、お父さんが私のことをすごくかわいがってくれてる写真が残っててね。多分、私が拒絶していただけで、ちゃんと会話をできてたら、あそこまで不仲にはならなかったのかもなって思ってる。せめて亡くなる前に仲直りだけはしたかったなって今でも少し、後悔してるんだ」
仲直り?
真司は能天気なほなみの言葉に引っかかりを覚えた。自分と真幸の関係はそんな生易しいものではない。だからたぶん、このまま真幸が死んでいったとしても、真司がほなみと同じ後悔を抱くようなことはないだろう。
だが、死ぬ前に文句くらいは言ってやってもいいかもしれない。俺はお前が嫌いだったと突きつけてやるのも悪くない。
●真司と実父の深い溝……。最後に雪解けをする可能性はあるのだろうか? 後編【厳し過ぎた不仲の父に「あの頃の文句を言ってやる」…危篤になった父が病床で息子に語った「衝撃の真意」とは?】にて、詳細をお届けします。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。