父に怯えた過去
真司の父親・真幸は昔かたぎの気難しい人で、絵に描いたような亭主関白な父親だった。
警察官をしていて、学生時代は剣道で全国大会にも出場したことのあるバリバリの体育会系。母に対しては常に命令口調で、「おい」と言えばしょうゆが出てくると思っているようだった。母も母で、そんな父にあらがうことはせず、半歩引いて付き従う前時代的な理想の夫婦を、無批判に体現していた。だから真司にとって、家は心が休まる場所ではなかった。日が暮れて真幸が仕事から帰ってくると、家の空気は張りつめ、重たくなった。
真司は今でも竹刀が何かをたたいたときの乾いた音を耳にするたび、背筋のあたりがぞわりと不快になる。小学生の時、剣道を習わされた。真司は運動と名の付くものがとにかく嫌いだったし、不得意だった。しかし思うとおりの結果を出すことができない真司に、真幸は異常な厳しさで稽古をつけた。痛いと泣いても許してもらえず、地元の公民館で全身がしびれるまで執拗(しつよう)に竹刀でメッタ打ちにされることもあった。
真幸は大会を見に来たときは、最悪だった。ずっと心臓をわしづかみにされているような息苦しさがあり、練習の半分も力を出すことができなかった。そしてまた怒られ、たたかれた。
いつしか真司は真幸の目を怖がるようになった。少しでも自分の思い通りにならないことがあれば、すぐに怒鳴る真幸との生活は、常に爆弾が横にあるようで生きた心地はしなかった。
楽しかった思い出に、いつも真幸の姿はない。
つらい思い出にはいつも真幸の姿があった。