母親の来訪
のり弁当とコロッケ弁当のふたを閉じている輪ゴムにそれぞれ割りばしを通し、ビニール袋にしまう。670円。トレーの1000円札を受け取って、330円のお釣りを返す。
「子ども食堂、いいっすね」
もはやなじみの顔になった作業着姿のお兄さんが、レジ横のポップを指さした。早苗は照れ笑いを浮かべる。
「ありがとうございます。最近ようやく人に知られてきて、なんとかやってます」
「うちにも来年、小学生のガキがいるんすよ。近所にこういうのあったら安心っすよね」
「そうですね。気づかれてないだけで、意外とやってるところ多いみたいなので、探してみるといいかもしれないです」
「そうなんすか。いいこと聞いたっすわ。あざっす。また来ます」
「いえいえ。いつもありがとうございます!」
早苗はビニール袋をぶら下げて立ち去る背中を見送る。顔を上げ、次のお客さんを出迎える。
「いらっしゃい――あれ、勇太くん」
早苗は目を丸くする。日曜日なのに勇太が来たからだけではない。若い――それこそ早苗の娘でもおかしくなさそうなほど若い母親が、勇太の手を引いていたからだ。
「こんにちは」
――あんまり深入りすると、その子の親も嫌がるんじゃないか?
笑顔であいさつをしつつも、早苗の脳裏にいつかの夫の言葉がよみがえる。早苗はお客さん側からは見えないカウンターの影でエプロンの裾を握る。
しかし勇太の母親は、早苗の懸念とは裏腹に深く頭を下げた。
「あの、いつもありがとうございます。その、私、仕事が忙しくて、全然勇太の面倒とか見てあげられなくて、でも、この子、何にも言わないから、気づいてあげることもできなくて、その……」
声が震えていた。勇太は困ったような顔で早苗を見て、それから母親としっかりつないだ手に力を込める。
早苗はすぐに厨房(ちゅうぼう)の店長に目配せし、レジを交代してもらう。
「お母さん、もうお昼食べました?」
「はい?」
勇太の母親は意味が分からないといった様子で顔を上げる。
子ども食堂を始めようと思って調べたとき、早苗はそれが子供のためだけのものではないことを知った。それは子供だけでなく、親や地域住民みんなにとって温かな場所であるべきなのだ。
「よかったらちょうどお昼時ですし、一緒に食べませんか? いつも勇太くんが食べてるお弁当。けっこうおいしいんですよ、店長の自信作で」
勇太が母親と顔を見合わせる。光る目元にしわが寄る。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。