初めて知った輝昭の胸の内
社長を解任されてから3日後、美優は喫茶店で輝昭と落ち合った。もちろん離婚の手続きのためだった。
「……酷い顔をしてるね。寝てないの?」
「寝れるわけないでしょ。私はもう全てを失ってしまったのよ」
「そうだね。いろいろ大変みたいだ」
「……私が変わったって言ってたでしょ。最初は取り残された輝昭の負け惜しみだと思ってた。でも私は本当に変わってしまってたみたい。そもそも私はコスメが好きで、好きなコスメを皆に知ってほしくて、使ってほしくて紹介をしていただけなのに。会社が成功して自分が天下人にでもなった気でいたわ……」
「……周りもおだてたりしてただろうからね。まあ仕方がないよ。ただ自分を見失うところまでいくとは思わなかった」
「……そうね。本当に全部自業自得」
自虐を言って美優は顔を上げる。輝昭は真面目な顔で美優を見つめていた。
「浮気の慰謝料は請求しないよ。こちらにも原因があることだから」
「え……?」
輝昭は申し訳なさそうに笑う。
「君が言ったんだろ? 俺も、美優が変わっていくことに気付いていた。だからしっかり話をしないといけないと思った。でも誘うことができなくてね。真面目な話ってどうも苦手でさ。だからいつもお酒を飲みながら君を待っていたんだ。で、一緒に晩酌をしながら昔みたいに話でもできたらなって」
輝昭の言葉にハッとする。輝昭はずっと家で飲んだ状態で待ち構えていた。
「そういうことだったの……?」
「俺のほうから君にしっかりと話しかければ良かった。注意の1つでもしておけば良かった。でも君は忙しそうだし、鬱陶しいと思われたくなかった。だから待つことしかできなかったんだ。だから俺も無関係ってわけじゃない」
美優は輝昭から目線を逸らした。家に帰ってきたとき、たった一度でもあの椅子に座って一緒にお酒を飲んでいたらこんなことにはならなかったのかもしれない。
美優は胸が苦しくなった。
「……ごめんなさい。私はあなたの気持ちに気付かなかった……」
「……そうだけど、もう全部終わったことだから」
美優は唇を噛んで頷く。絶対にこの場で涙を見せてはいけない。その資格は自分にないと分かっていた。
その場で美優たちは離婚届にサインをし、輝昭は離婚届を鞄に入れた。
「これは俺が出しておくから」
「……ええ」
「まだ諦めないでくれよ」
輝昭の言葉に驚いて、美優は顔をあげた。
「君の夢を俺は応援してるからさ」
輝昭はいつもの柔らかい笑顔を見せ、そのまま店を出て行った。取り残された美優は輝昭の背中を見送る。
「……ありがとう。私頑張るね」
遠く離れた輝昭にそう伝えて、美優は席を立った。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。