母の反応は……
絵実は好美に提案をしてみた。しかし好美は無表情でこちらを見つめている。その顔からはこちらの意見を受け入れる隙は全く見当たらなかった。
「それは雅俊さんも同じ意見なの?」
「……うん。そっちのほうが安く済むし、俺たちには合ってるよなって……」
「安く済むって、一生に1度のことなのよ?」
好美は盛大なため息をつく。
「……式も挙げられないような稼ぎの人との結婚なんて認めなかったら良かったわ」
「……どういう意味?」
「ベンチャーだとか言ってたけど、結局はきちんとした稼ぎのある仕事じゃないってことでしょう? それを知ってたら結婚なんて認めなかったって言ってるの……!」
好美の言い方に絵実は怒りを覚えた。
「別にお金が全てじゃないでしょ⁉ というかお母さんからの許可なんて要らないから……! 何様のつもり⁉」
「結婚式も挙げられないなんて、惨めで可哀そうよ」
挙げられないんじゃなくて挙げないのだ――とは言わなかった。
1人娘の晴れ舞台を見届けたい親心は理解できる。里奈の結婚式は感動的で、新郎新婦がそれぞれの両親へ感謝を伝えるときには絵実も思わず泣いてしまった。あれは確かに幸せな瞬間だと言えるだろう。けれどあれだけが幸せなのではない。
人の数だけ、夫婦の数だけ、幸せがあっていいはずだ。
「……もう帰って」
絵実はうなる獣のように言った。しかし好美は動かず、不機嫌そうに、あるいは被害者は自分だとでも言うように、リビングに居座っていた。
「もう帰ってってば!」
絵実は母を怒鳴りつけた。こんな喧嘩がしたいわけじゃないのに、ずっと自分の1番の理解者だったはずの好美が遠く離れた存在に思えてしまって、今はこうして遠ざけることでしか自分を保つことができそうになかった。
●夫・雅俊と相談するも、ない袖は振れない。悩む二人のもとに絵実の父・秀夫がやってくる。まず好美のふるまいをわびた、秀夫が告げたのは絵実と雅俊が思いもしなかった申し出だった。後編:【「そうは言ってもお金が…」結婚式を挙げられない娘に父が伝えた「不器用な母の親心」】にて詳細をお届けする。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。