まだ朝露の残る畦道を歩く千佳の額には、薄く汗がにじんでいた。水の張った田んぼに灰青の空が反射して、目の奥が痛い。
目的地は、坂を上った先にある小さな墓地。
その一角には、夫・修三が眠っている。千佳が墓前で取り出したのは、白いトルコキキョウ。ひとつひとつ、丁寧に花筒に挿すと、墓石の前に淡い彩りが灯った。
「ようやく、一区切りです」
手を合わせると、誰にともなくそう呟いた。
長いようで、短かった。いや、やっぱり長かった。あの人がいなくなってから、毎日が手探りだった。見知らぬ土地で、右も左もわからぬまま、千佳は藻掻き続けていた。
ふいに、風が髪をなでた。まるで「頑張ったね」とでも言うように。
千佳は静かに目を閉じて、記憶の奥底へ身を委ねた。