コロッケが食べたくなって

次の休日、和栄は少しくたびれたエプロンを握りしめながら、母に声をかけた。

「ねえ、お母さん。今日、一緒にご飯作らない?」

母は目を丸くしたあと、すぐに顔をほころばせた。

「ほんと? 和ちゃんと一緒に?」

「うん、私どうしてもコロッケが食べたくなってね。一緒に作ってくれる?」

和栄は大きくうなずいて、ずっと引き出しの奥にしまってあった母のエプロンを手渡した。それを嬉しそうに受け取った母の表情は、生き生きと輝いていた。

「ジャガイモはどこ?」

「ここだよ。包丁はこれ使ってね」

母のために購入した新しい包丁は、プラスティック製。力を入れなくても切れるように、ジャガイモは念入りに火を通してある。火を使うのはまだ少し怖かったので、揚げる作業は、去年夫が会社の忘年会で当てた電気フライヤーを用意した。

「はい、お母さん、これ丸めてくれる?」

コロッケのタネを手渡すと、母は嬉しそうに手のひらで転がした。まるで粘土細工で遊ぶ子どもみたいだ。  でも、同時にその指先には、確かに長年の料理の積み重ねが宿っていた。

「やっぱり、お母さんは料理上手だね」

「そう?」

ひとつ、またひとつと、母が作ったコロッケが並んでいく。フライヤーで油を熱し、和栄が母の横から手を添えて、2人でそっとコロッケを入れる。じゅわっと音を立てて泡が広がり、香ばしい匂いが台所に満ちた。母は、それを目を輝かせながら見つめていた。

「カラッと揚がるといいねえ」

「うん、きっと上手くいくよ」

しばらくしてきつね色になったコロッケを油から上げると、母が「わあ」と小さく拍手をした。

「上手に揚がったねえ」

その無邪気な声に、和栄は思わず胸がいっぱいになった。サクッとした衣の中から、現れるほくほくのジャガイモ。舌の上に広がる優しい甘さとともに、懐かしい記憶が蘇った。

「和ちゃん、コロッケ美味しい?」

「うん、おいしい……!」

思わずあふれ出た涙をぬぐうと、エプロン姿の母が和栄を見て優しく微笑んでいた。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。